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2018年04月13日

高が右翼で人生を棒に振ること勿れ(笑)

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 人夫夫、座右の銘や感動した言葉、考えさせられた言葉というものがあるだろう。その多くは自戒からのものが多い。

 例えば、水戸光圀は18歳の時、司馬遷の歴史書「史記」を読み学問と修養に目覚め、「史記」に負けない歴史書を作ろうと志を立てた。

 一、正直は一生の賓、堪忍は一生の相続、慈悲は一生の祈祷。
 一、苦は楽の種、楽しみは苦しみの種と知るべし。
 一、主人と親は無理なるものと思へ、下人は足らぬものと知るべし。
 一、恩を忘るる勿れ。
 一、子程に親を思へ、子なきものは身に比べ、近き手本とすべし。
 一、掟に怖(お)ぢよ、火に怖ぢよ、分別なきものに怖ぢよ。
 一、分別は堪忍なり、小なる事は分別せよ、大なることは驚くべからず。
 一、九分に足らば、十分に零るると知るべし。
 一、朝寝すべからず、話の長者すべからず
 一、色と慾と酒とを敵と知るべし。

 これを信条として修養を積んだというが、この教えの一つの「欲と色と酒を敵と知るべし」という項目が目に留まる。

 酒を飲まない人や、欲の無い人が、態態こういう言葉は記さない。水戸光圀は少年の頃は、手の付けられない不良だったというが、それを思わせる内容でもあり、自己反省に基づくもの故に心に響く。

 そういう意味でも黄門様でさえ、若い時分には女と酒に溺れ、多くの失敗したのだろうなぁと思えば、少しは気が楽だろう。呵ッ呵ッ呵~。

 随分前になるが、行きつけの鮨家で日本の有名企業の会社社長の座右の銘が書かれたカレンダーを目にしたことがある。

 その中に「薄皮饅頭」で有名な郡山の老舗菓子店「柏屋」の先代・本名善兵衛社長からの言葉は、「一生を棒に振る」と書いてあった。

 訝しげにその理由を読んでみると、当人が大学時代、友人らが次々と就職が決まっていく中で、ある友人に「おまえは高が饅頭屋如きで人生を棒に振るのか」とバカにされたそうだ。

 友人の言葉に「確かにそうかもしれない」と一瞬思ったそうだが、多くの一流と言われる人達というのは、目指したその道で人生を棒に振っているではないのかとの思いに至ったという。

 確かに、長嶋にしろ王にしろ、イチローにしろ松井にしろ、高が野球如きだが、人生を棒に振るくらい真剣に打ち込めるものがあったというのは逆に幸せなことなんだと思う。尤も、成功者だからこそ言える言葉でもある。

 人間誰しも、若い頃にはなりたかったものはあるだろうし、大きな夢もあったろうに、いつの間にか些細な何かに熱中し、ついつい自分の理想とは違った人生を歩んでしまったのではないだろうか。

 斯くいう愚生も、若い頃の純粋で幼い正義感から右翼こそ日本人としての正義だと確信しその道に入った。世間から見れば、右翼なんぞドロップアウトにしか見えないだろうが、昭和50年代の右翼活動は毎日が刺激的だった。

 入隊してみたものの理想と現実の違いに失望したのもまた事実。だが、短い人生、この右翼の世界というより、右翼人、一維新者としての生き様を全うしたいとの思いは未だ已むことはない。

 右翼であった故にサラリーマンでは出会えない個性的な人物にも出会えたし、その多くが反面教師でもあった。現在の右翼人は画一化されてしまって、削げ者がいなくなってしまい、面白みも無くなった。

 今、現役右翼である若者や右翼を目指す若者に言えることは「高が右翼で人生を棒に振ること勿れ」だろうか。呵呵大笑。

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cordial8317 at 06:25│Comments(0)

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