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2018年03月07日

議会の改革は地方議員だけのことではない

 総務省の有識者研究会で小規模な町村議会などを対象に、議員の兼業・兼職制限を条件付きで緩和するなどの地方議会刷新を提言した。「小規模な町村議会」や「条件付き」ではなく、各自治体の議会全てに当て嵌めるべきで、「多数参画型」や「集中専門型」の導入に拠って地方議会の活性化を促すことは大いに結構なことだ。

「多数参画型」は、議会は平日の夜間や土日に行い議員報酬を抑制するというもの。諸外国では地方議会というのは夜間や休日に開かれることが多く、それ故に幅広い住民自治が行われている。報酬もボランティア的要素が強く薄給である。

「集中専門型」は、議員数を減らす代わりに兼業・兼職制限は維持し、報酬も相応にするという。議会と住民が議論する場を設け、議員削減による弊害を無くして民意を反映出来る様にするという。選挙というのは民意の結果だが、更に住民との議論で民意を反映されるというのは専門型とは言いながら矛盾している様にも思える。

「多数参画型」と「集中専門型」の二つの良い部分を併用するのが好い。議員報酬や議員数を減らして、平日の夕方や夜間、会社が休みの土日に議会を開催することで、報酬目当てや肩書が欲しいだけの上昇志向著しいさもしい輩らが消えるだろう。

 議員の役割というものは行政のチェックと行政への提案機能である。だが、現在の地方の議会運営は議員の固定化が進み、新しい時代を読み解く考えが弱く、現行の地方自治法の中で十分にその役目を果たされているのかといえば疑問だらけ。

 どこの議会でもそうだが、同じ顔の連中が集まり、なあなあな議会に終始してしまっているのが現状である。議会が平日の夜間や土日ならば様々な職場で資格を持つ人が参画出来るし、専門知識を議会で議論しあえれば実りある議会となるだろう。

 だが、悲しい哉、先進国である我が国は、未だに昼間や日中の議会に拘り、選挙で平身低頭し乍ら、当選すれば偉くなったと勘違い。高給を頂き乍ら地方自治の何たるかも学ぶこともなく、旧態依然の議会運営が繰り返されているのが現状だ。

 自治体の財政事情を考えれば、安定収入のある人が最低限の報酬でボランティア的に議員活動するのが望ましい。その昔は、愚生の父親もそうだったが地方議員は仕事を持ちながらなる人が多く、報酬も微々たるもので名誉職の色合いが濃かった。

 それがいつの間にやら議員が生業となり、報酬だけで食える様になってしまった。選挙にしても供託金さえ払えばポスターや文書交通費、選挙カーに至るまで自治体丸抱え。法定得票を取ればその供託金も戻る。つまりタダで議員になれるのだ。

 議員という生業を求めて、候補者らは政治や地方自治など二の次で議員になる為だけに頭を下げ、握手して愛想を振りまく。議員報酬とは、奉仕的な議員活動に対する対価であり、無闇矢鱈に報酬を弾んで議員の生活を裕福にする為のものでもない。

 議員定数の削減をしたところで、議員報酬が上がるのでは意味はない。定数は地方自治法で決められてる議員数を上限で好いし、議員とは民生委員や保護司の様に、奉仕の心を以て行う究極のボランティア活動であるという認識を共有すべきである。

 議会の改革は何も地方議員だけのことではない。国会議員自ら身を削る意味でも、国民から詐取してる政党交付金を返納廃止し、国民不在の党利党略の不毛な議論を改めることこそ肝要である。政治家は、「隗より始めよ」ということを実践せよ。

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cordial8317 at 07:51│Comments(0)

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