明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社の参道のイルミネーションに違和感日本中央競馬会のJRAって日本赤軍(ジャパン・レッド・アーミー)と同じだね(笑)

2017年12月24日

仏教にしてもキリスト教や新興宗教にしても「宗教」とは正に流行という病気でもある

 日本人というのは戦後、米国の価値観を植え付けられ、それが当たり前だと思って来た。建国記念日を否定し、天皇誕生日よりキリスト生誕を祝い、新嘗祭よりハロウィンといった具合。

 我が国に古より伝わって来た「神道」は、こうした世界の中から生まれた。神と共にあるから「惟神(かんながら)」という。

 新羅万象の全てが、山の神、海の神、森、川、泉、石ころや水・・・全てのカタチある物やそして人も、その神の在る景色の一部に過ぎず、これこそが八百万の神である。

 その後、仏教が伝来する。仏教も当時は新興宗教であり、昔から人々は流行に敏感で瞬く間に普及していった。

 日本人の心の奥底には随神の教えがあるが、一方で仏教的価値観が事の善悪や行動の指針にもなっているのも確かだろう。

「宿命」という認識は仏教の教えからのものでもあり、それを仏教では「宿業(しゅくごう)」とか「宿世(すくせ、しゅくせ)」という言葉で表される。

 これは「生きる上で、自分の力ではどうにも出来ない過去に制約を受けているからどうしようもない」という発想である。

 仏教には「目の前にある状況は何らかの原因で起こっていることであり、この状況も何らかの原因となって別の結果を生み出す」という思想が根本にあり、それを「縁起(えんぎ)」という。

「因果応報」「悪因悪果」というが、今生きている自分は、自分が知らぬ過去によって決められているので自分ではどうしようもない。

 自分の死後も自分でもどうなるかは分からない、死後は「仏の世界」に導かれる、という一種の洗脳から、日本人は自分一代の生涯ではなく、過去と未来にも想いを巡らせる様になった。

 これは仏教の教えにより「永遠という観念」を手に入れたとも言える。仏教とは現世利益を与えてくれる恩恵の神という捉え方である。

「源氏物語」は、主人公である光源氏を中心に様々な恋が「宿世」として捉えられている。男女が出会うのも「宿世」なら、求愛も「宿世」。要は、不倫なんかも過去の導きから生まれた「宿世」ということになる(笑)

 この仏教的「宿業」「宿世」の考えは「自分の力ではどうしようもない」という一種の開き直りに繋がったのも事実。

 平安時代末期「仏の道が衰え、悪が横行する世になる」という「末法思想」が流行する。これをしても宗教とは正に流行という病気でもある。

 天皇誕生日よりキリスト生誕を祝う現在の風潮も、戦後の米国による洗脳の現れなら、そんな流行も廃れるのは時間の問題か、否否未だ未だ続くのか。惜しむらくは後者の方だろう。呵呵大笑。

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cordial8317 at 08:43│Comments(0)

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