天皇陛下の御地位および陛下の御存在は動かすべからざるものである(東条英機の遺言書より)仏教にしてもキリスト教や新興宗教にしても「宗教」とは正に流行という病気でもある

2017年12月23日

明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社の参道のイルミネーションに違和感

 本日は天皇誕生日。皇国臣民としての喜びこれに優るものなし。謹んで陛下の弥栄と長久を祈念する。日本国民にとって天皇誕生日より盛り上がるのは何故かキリスト生誕を祝うクリスマスイブ。ということで街はクリスマス商戦一色。

 明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社の参道もイルミネーションで飾られる。神道という随神の道を重んじ、天皇を戴く我が国にはそぐわない景色でもあるが、宗教なんぞより、イベント好きな日本人らしい(笑) 

 天皇誕生日も祝わず、敬虔なカトリック教徒でもないのにキリスト生誕を祝い、大晦日には寺で除夜の鐘を撞き、元旦には神社に初詣に行き、年賀状には元号を記す。ホント日本人とは実にイイ加減というか、実に大らかな民族でもある(笑)

 キリスト生誕を祝うのは結構だが、日本には日本の神が存在する。そんな日本の神様を知るには「古事記」が好い。最近はマンガ本や現代語訳の本も多く出ているので、クリスマスケーキを買う気分で気軽に購入して頂きたいものだ。

「天地創めて發けしとき高天原(たかまのはら)に成りし神の名は天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、次に高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、次に神産巣日神(カミムスビノカミ)、この三柱の神は皆獨神と成りまして身を隠したまいき」

「造化三神」「神代七代」や「伊邪那岐(イザナギ)」と「伊邪那美(イザナミ)」が生んだとされる神は三十五柱に及ぶが、キリストやマホメット、孔子などと同様にこういう神々も日本という国に生まれたのなら知っておくべきだろう。

「古事記」にはこうした神々が登場する。筆録した人物は太安麻呂(おおのやすまろ)。日本で最初に書かれたとされる書籍で、語り部の稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦していた「帝紀」「旧辞」を基に編纂されたものとされている。

「古事記」は読む人によって感じ方も違うし、古代人が何を言わんとしたのかは捉え方も夫夫。西洋の神が天地創造の神で唯一絶対の不変の存在と描かれているが、我が国の神々は宇宙の後に生まれたと「古事記」では描かれいる。

 何気ないことだが、我々の日本人の祖先というのは唯一絶対の神が世界を意の儘に創造したのではなく、それ以前の「無」の時間、つまり「ビックバン」以前の世界を想定していたというこの教えは驚くほど科学的でもある。

「高天原」とは「三次元世界」を表しており、「高」は高低の差を示す縦軸のこと。「天」は空間であり時間を表す。「原」は無限に水平に広がり行く横軸である。

「古事記」には、我々日本人の先祖の歩んできた歴史が比喩を駆使して活き活きと描かれ、同時に現代の日本語ではなく、日本語本来の美しさも感じられる。

 一見難しそうな漢字が使われてはいるが、日本語が未だ完成していない時代に作られたものなので漢字自体にはそれほど意味はない。「音」を頼りに読み解いていくことが大切で、「言葉」とは「言ハ」であり、「コト」を表現する言語である。

 これは他国の言語には見られない特徴で、一つの言葉に多くの事柄を含めて伝え合う日本独特の文化であり、「古事記」の文章の中に在る「こと」を探って読み解くことが大事で、夫夫その感じ方が違ってもそれはそれで好いのだ。

 日本神話の特徴は神でも失敗や過ちを起こすということだろう。唯一神であるキリストやマホメットが失敗や過ちを起こすことなど考えられないことだが、これだけでも日本の神々というのは愉快で、親しみを感じてしまう。

 クリスマスが終わると年末年始に向けて街の様相も変わり、正月に向けまっしぐら。年末を控え、夫夫悩みも尽きないでしょうが、神様でも失敗はするのだから、人生もっと気軽に行こうじゃありませんか。呵呵大笑。

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cordial8317 at 05:20│Comments(0)

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