大和国は丈夫の国にて、古は、おみなもますらおに、習えり。故、万葉集の歌は、凡丈夫のてぶり也時に元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて響くは山鹿流儀の陣太鼓・・・

2020年12月13日

儒教などの外国の思想が輸入され「国意」に悪影響を及ぼした

「万葉集」の研究家でもあり、江戸中期に「国学」の基礎を確立し、支那の歴史と日本の歴史を比較した賀茂真淵。国学とは古事記や日本書記、万葉集など、儒教や仏教伝来以前の日本文化や日本精神を重んずる学問であり教えである。

 支那大陸の「易姓革命」を見るまでもなく、様々な王朝が権力抗争を繰り返して来た支那に対し、我が国の古の時代には大きな諍いもなく、大らかで自然な皇位の継承が成されて来たことに着目した真淵は、その「和」の精神を高く評価した。

 何故に古代の日本はそれ程までに平和であったのか。それは元々、日本人が道徳的に立派な人種であったからで、支那の思想は所謂「中華思想」であり、「中国こそが世界の中心で、周りの国や人種というのは野蛮人である」と考える思想である。

 支那人というのは自己主張が烈しく本性は劣悪で、他人への思い遣りに乏しく、規則を厳しくしないと統制出来ない。中華人民共和国が共産主義を最高原理として崇め、人民に信仰の自由や言論、結社、出版等々の自由を認めないのはその為だ。

 方や日本人はどうだろう。現代人は兎も角として「謙遜」や「謙譲」を知り、それが身に付いていたから細かい規則など無くても人倫の道が行なわれていた。

 真淵は、古代の日本に理想郷を見る。そして古の日本人の美しい心を「国意」と表した。つまり、国意とは儒教や仏教伝来以前の、日本の中だけで育まれた日本独自の倫理であると考えたのだ。それが古事記や万葉集、日本書記に在ると教える。

 政治にしても、人為的で論理的な規則は必要なく人々の心の中で国意が自然に働けば、それで「平和」になるという。然し、実際の日本の歴史というのは平安時代後半からの権力抗争、鎌倉期以降の戦乱の時代と幾つのも乱が起きている。

 この歴史的事実を、真淵は「儒教などの外国の思想が輸入され、国意に悪影響を及ぼしたからだ」と説明する。つまり、日本人本来の心の美しさが歪んだのではなく、外からの邪悪な思想に染まってしまったから日本が悪くなったと考える。

 真淵は、仏教や儒教を安易に享け入れた過去を反省し、国意を取り戻すべきだと訴えた。その具体的な方法とは「万葉集を知ること」だと説いた。

 現在の我が国を顧みれば、仏の教えもなく、儒教の教えもなく、単に米国の新自由主義を妄信し、頭にあるのは私利私欲のみ。迷えるものはつまらぬ宗教に奔り、日本人は心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを忘れてしまった。

 右翼陣営も例外ではなく、戦前の右翼と戦後の右翼は全く違う存在となってしまった。戦前の右翼というのは「国粋主義」的要素が強く、外国思想は全て悪と捉えるという考えであり、それは共産主義だけではなく、営利至上主義の資本主義であろうが、大衆迎合の民主主義であろうが批判されるべき対象だった。

 右翼がそうした「大義」を忘れ、居の安きを求め、資本主義に溺れて金儲けなどに興じていれば、ヤクザが「仁侠道」を忘却し暴力団化した様に、国民からの信頼は失せ、必要価値のないものに成り下がって行くのは必然であろう。

 右翼の使命とは、日本の純粋性を曇らすもの、つまりは我が国の国體と皇統を損ねる主義思想に断固として対峙して行かねばならない。

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大和国は丈夫の国にて、古は、おみなもますらおに、習えり。故、万葉集の歌は、凡丈夫のてぶり也時に元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて響くは山鹿流儀の陣太鼓・・・