政治家がちゃんと政治をしていれば鍛冶屋はちゃんと鍛冶屋の仕事に専念していられる(三島由紀夫)「今日は勤労感謝の日なのに働いてます」ってどうなのよ(苦笑)

2022年11月23日

すめらぎの千代万代の御代なれや花の都に言の葉もなし

 祝日法での勤労感謝の日の趣旨は「神々の加護と人々の勤労によって可能になる万物の生産を祝い、国民が互いに感謝し合う日」であり、労働に感謝する日ではない。勤労に拠って収穫された恵みに感謝する収穫祭であり「新嘗祭」こそが相応しい。

 戦後、「神道指令」を発令したGHQに因り、「新嘗祭」という呼称は廃止され、占領統治下だった昭和23年に「勤労感謝の日」と改められ現在に至っている。

「勤労感謝の日」というと、何か、労働していること、働ける喜びに感謝する日の様に思ってしまうが、本当の意味は「生み出される万物の生産を祝う」である。

 神の加護に依る農作物を始めとした万物の恵に感謝し合う「日本の収穫祭」なのだが、残念ながらその意味を取り違えている国民が殆どで、ハロウィンでバカ騒ぎしている姿は戦後の日本人の精神的堕落と幼稚さの象徴の様な光景でもある。

 戦後GHQが謀った誤った祝祭日の名称を糺し、本来の祝祭日の趣旨を啓蒙すべき神社庁は恥しげもなく「祝祭日には国旗を掲揚しよう!」などという広告宣伝を行ってるが、ハッピーマンデーをも容認する姿勢は神道を司る資格があるとも思えない。

「日本書紀」には、皇極天皇が皇極元年(642年)11月に執り行ったという記述がある。10月17日に斎行された「神嘗祭(かんなめさい)」は、天皇陛下がその年の新穀を皇祖の天照大御神を祀る伊勢の皇大神宮に奉り神恩に感謝される大祭である。

 11月23日はその新穀を陛下自ら召し上がられ、万物の恵みに感謝する日である。新嘗祭のこの日、宮中では天皇陛下が新穀を神々に供え、厳かに儀式を執り行う。

 五穀豊穣と国家・国民の平安を祈る最も重要な宮中祭祀とされ、「神嘉殿の儀」に臨まれる陛下は、続く「夕の儀」で、新穀などを神々に供えて拝礼し自らも食され、翌日未明の「暁の儀」にて終了。これこそが本来の天皇の御姿である。

 旧くは霜月下旬の卯の日に斎行されたが、明治6年以降は11月23日に執り行われることとなった。天皇にとって収穫を祝う新嘗祭は重要な宮中祭祀の一つである。

 宮中祭祀で特に重要なものは元旦に執り行われる「四方拝」と、本日の「新嘗祭」である。だが、現在は「祭日」ではなく、単なる「祝日」になってしまっているのは未だ我が国がGHQの神道指令という呪縛から解放されていない証左である。

 営業保守らは第9条の改正に躍起だが、共産党が天皇反対を叫んでいる以上、天皇の御地位も「国民の総意」ではなく違憲の存在となっている。つまり、憲法改正の突破口は第9条ではなく第1条から第8条までの天皇条項こそ見直すべきだろう。

 何故に皇統に関わる現憲法「第一章・天皇」条項の矛盾や不条理を指摘せずに、第9条のみに拘るのか理解出来ない。況してや現憲法は正統な皇統存続を維持する上でも実に不適格であり、無効宣言を発し、大日本帝国憲法の復元改正こそ採るべし。

 本日は全国各地で「山ノ神講」として、山々の神に感謝し今年の収穫を祝う行事が各地で行われるが、こうした行事もまた新嘗祭の風習や伝統を重んじ伝えて来た名残りでもあり、こうしたことをしても天皇と国民の繋がりを思い知る。

「山の神講」は女人禁制が原則である。こうしたことは別に女性差別でも何でもない。俗に、口喧しくなった愚妻を「山の神」とも言う様に、頭が上がらず、感謝しているという意味では神様も女房も同じで、実に有難い存在なのである(笑)

 本日は、祖国日本の豊穣の秋に感謝し、家族や仲間と一献やりつつ、我が国の在るべき姿を語り合おうではないか。新嘗祭に当り、麗しい祖国日本に生まれた喜びと、豊穣の秋に感謝すると共に、併せて皇室の安穏と陛下の弥栄を祈念する。

 すめらぎの 千代万代の御代なれや 花の都に言の葉もなし

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cordial8317 at 06:35│Comments(0)

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