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2019年10月31日

天皇を戴く我が国こそが世界の中心である

 仏教に「須弥山(しゅみせん)思想」というものがある。須弥山とは世界の中心に聳え立つ高山で、その頂上には帝釈天が住むという世界観である。

 輪廻に関わる世界全体を表す「三界」と呼ばれる世界の最も上位にある「無色界」の更に最上位の非想非非想天と呼ばれる領域を「有頂天」という。

 我が国の「神国思想」は、この空想的な世界観である須弥山思想を日本に当て嵌めることによって、「天皇を戴く我が国こそが世界の中心である」という教えに導き、人々も日本こそが特別な神の国と信じる様になった。

 尊皇愛国の書として有名な山鹿素行の「中朝事実」では、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」と日本主義を主張している。

 鎌倉時代末期、当時、全世界規模で支配力を強めていたモンゴル帝国が日本に襲来した際も、二度の台風によってモンゴル軍を敗走に導いたのは、台風を「神の吹かせた風(神風)」と解釈したことで一層流布することとなった。

 神国思想では、国土を「神州」、国民を「神裔=神の子孫」、国権を「神授(神から委託された権利)」という。国民は神の子として「子が親に孝養を尽くす様に、国民が国に尽くすのは最も現実なる道徳である」との教えに辿り着く。

 教育勅語も正にこの教えであるが、この神国思想を否定する左翼勢力や反皇室活動家らは「忠孝」を曲解し、根本的な「孝養」の教えも拒絶する。何故に拒絶するのかといえば先の大戦と神国思想を結び付けてるからに他ならない。

 これは戦後の米国に因る民主主義教育という洗脳が大きく影響している。また、明治維新後、長州閥の明治新政府が殊更に「天皇と神国思想」を政治的に利用した(天皇制と言われる根源)反動というのも一因に挙げられよう。

 別に「日本は神の国」とする思想は先人達からの伝統的な考え方でもあり、古事記や日本書紀でもこの点を事実として強調している。

 地上とは違う超現実的な世界を想定する神国思想は仏教だけではなく、キリスト教やイスラム教などの教えでもあり、人類普遍のものでもある。

 我が国の神国思想は、これらの考えとは一線を画し「日本という地上世界そのものが神の国である」とする処が特殊である。八百万の神々という日本固有の信仰である神道は、こうした世界観の中から生まれた道である。

 古の人々は神々の世界に対し、確かな意味付けを必要としないまでも、それらを自然に体現し「神の存在」を感じ取り、そこに天皇を重ね合わせた。

 以前、森喜朗元総理が「日本は天皇を中心とした神の国」と発言してバッシングを受けて早々に退陣したことがあるが、米国でも「日本はアマテラスの神の国」と教えているのに我が国ではタブーなのは不思議でならない。

 明治4年7月、江戸時代の藩を廃止して府県を置く「廃藩置県」が施行され中央集権的統一国家が確立された。因みにこの「県」とは「あがた」と読む。古代の皇室の料地、つまり県とは「神の土地」という意味を持つ。

 現在、地方自治の確立という理由の下で、この「県」を廃止して「道州制」を導入しようという計画が謀られている。こうしたことも政府中枢に入り込んだ左翼や反皇室活動家が国柄破壊の為の策謀である。

 我が国は神のすゑなる 神まつる 昔の手振り 忘るなよゆめ

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