岸田文雄が第二十七代自民党総裁に選出され第百代総理大臣に就任10月1日は「御酒殿祭(みさかどのさい)」であり「日本酒の日」でもある

2021年10月01日

秋祭り真っ盛り。心の奥底で日本人として自覚する一瞬でもある!

 今日から10月。身を清め、神饌を新しくして陛下の弥栄を祈る。10月は「神無月」だが、出雲地方では八百万の神が集まるので「神有月(かみありづき)」と言い、全国津々浦々から出雲に集まった神様達は国中の縁結びの会議を催すという。

「神宮」といえば伊勢神宮。「大社」は出雲大社を指す。神宮とはまた違った荘厳さで「国中第一の霊神」という記述が有る程、崇敬されてきた神社である。

 平安時代の「延喜式」には「杵築大社(きづきのおおやしろ)」と記されており、明治4年に現名の「出雲大社」に改められるまで、永くこの名が続いていた。

 本殿は遥か昔には高さ32丈(約97メートル)の高さだった。平安時代では16丈(約48メートル)の規模だったといわれている。木造建造物では恐らく世界最大規模。建築様式も日本最古の大社造りで、正に伊勢神宮と双璧を成す社である。

 寛文7年(1667年)に8丈(約24メートル)の高さになった。出雲地方では大社を敬う上で24メートル以上の建築物は建てないことになっている。大きさで圧倒されるのは拝殿の注連縄で、重さ3トン、長さ13メートル、胴回り9メートル。

 愚生も行ったことがあるが、神前の前に立つと注連縄の大きさに驚く。注連縄の下に立ち小銭を注連縄に向け投げて、上手く小銭が挟まると願いが叶うという。

 祭神は大国主命。「大国さま」と呼ばれ親しまれており、縁結び、福の神としての深い信仰を集める。祭典は古式に則り5月の例大祭礼、11月の古伝新嘗祭が有名だが、旧暦の10月の神迎祭、神在祭、神等去出祭に出雲大社らしい特色がある。

「国中の縁結びの会議」というのを聞くと、どこか微笑ましく温かい気持ちになるが、こうした八百万の神による話し合いこそが神道の教えの神髄でもある。

 神道を「随神(かんながら)の道」という。「神々と共に」「神の御意志の儘に」という意味だが、人に由って感じ方も色々。我が国に古より伝わって来た「神道」とは、こうした世界観の中から生まれた日本人の教えの根本でもある。

 神と共にあるから「惟神」。新羅万象の全てが「神」の姿で、山の神、海の神、或いは森、川、泉、石ころや水・・・全てのカタチある物やそして人も、その神の在る景色の一部に過ぎず、これこそが八百万(やおよろず)の神である。

 今月は全国的に秋祭り真っ盛りとなり、町内を山車や神輿が繰り出す。祭りに興ずる人も、それを観る人々も、心の奥底で日本人として自覚する一瞬でもある。

 祭りも「神道」の教え以前に、今は単なるレクリエーションやイベントの様なものになってしまっているが、神道の大らかさとはそういうことでもある。

 全国各地で様々な祭りが催されるが、祭りに由って地域住民の団結力が深まり、また祭りによって礼儀作法や長幼の序などを学ぶ。仲間と酒を酌み交わし、日頃の憂さを晴らすかの様に本能のまま祭りに興じれば、神との繋がりを実感する。

 キリスト教やイスラム教など一神教や新興宗教にはこれがない。キリストやアッラーなど唯一絶対の神や新興宗教に於いては教祖や経典が絶対である。「宗教」とは一度信じたらその宗旨や儀礼に束縛され「宗教」の語源通り呪縛される。

「宗教」とは一種の麻薬と同じで、神の教えを信じることで心に安らぎを覚え、いつの間にかそれに盲信してそれを正義と信じ抜け出すことが出来なくなる。

 一神教や新興宗教を信じる者の不幸はこうしたことにあるが、こうした教えさえも大らかに受け入れる日本国に生まれたことを感謝せずにはいられない。

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cordial8317 at 06:29│Comments(0)

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