進次郎よ、カーボンニュートラルというなら原発推進するべきだろう(笑)「大衆は小さな嘘には騙されないが大きな嘘に騙される」とは蓋し正論

2021年09月20日

「敬老の日」老人の方々は先祖や先人に恥じない生き方をしてますか!?

 日本国内の65歳以上の高齢者の総人口に占める割合は29.1%と過去最高を記録したという。来年以降も殖え続ける見通しで現役世代の負担が増えるのは必至。

 ハッピーマンデーに組み入れられてしまった「敬老の日」だが、祝日法では「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」というのが趣旨。

 敬老の日の始まりは、兵庫県多可郡野間谷村(後の八千代町を経て現在の多可町八千代区)で、昭和22年9月15日に「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」という趣旨で、敬老会を開催したのが始まりとされている。

 祝日法改正によるハッピーマンデー施行の際は、「敬老の日」の提唱者の村長から遺憾の意が表明されたというが、祝日の意味からしても当然の抗議だろう。

 老人とは「老人福祉法」では65歳ということになってる。また60歳を「初老」だと思ってる人も少なくないが、60歳は「還暦」。初老とは40歳の別称である。

 野間谷村で、敬老会が行われた昭和22年当時は終戦直後でもあり、その方々は明治や江戸時代生まれだったと思われる。野間谷村に限らず、日本の混乱期を生き抜いた方々から「年寄りの知恵」を教わることは有意義だっただろうと思う。

 だが、現代ではハッキリ言って尊敬出来ない年寄りもいるのも確かだ。特に、戦後民主教育を受けた所謂「団塊の世代」と言われる80歳前後の人達は思想も然ること乍ら、マナーのなっていない非常識な老人が目に付く。長幼の序以前の問題だ。

 愚生は公衆浴場が好きで市内に在る施設などによく行くが、浴場くらい育ちが分かる場所はない。湯船に入る際や洗い場でのマナーや、サウナに入って水風呂に浸かるのもやはり周りの人に気を遣うのは当たり前だが、我が物顔の老人が目に付く。

 昔の銭湯というのは社会勉強をする絶好の場所だったという。子供は銭湯で学校では学べないマナーを覚えるにはうってつけの場所だった。挨拶は勿論のこと湯船に入る前は身体を洗う。終わったら次の人の為に椅子や洗面器を綺麗に整えるなど。

 言わなくても当たり前のことだが、そういう一般常識を学ぶ場所だったのだ。だが、今は子供や若者に教えるべき大人や老人のマナーがホントなってない。

 後期高齢者と言われるくらい年代の人を見ていて感じるのは、我が儘で行儀が悪い人が多く「カネを払ってるのだから」と言わんばかりに、周りの迷惑を顧みず横柄に振る舞ってる人も少なくなく、マナーを教わっていない子供らと変わらない。

 先日も湯上りに洗面所でドライヤーを台に置いたまま点けっぱなしにしてる爺さんがいた。何をやってるのかと思えば私物の濡れた袋を乾かしているという。

 愚生はそんな非常識な振る舞いを見過ごすことは出来ない性格なので、「ドライヤーは髪の毛を乾かす為のもので、そんな物を乾かしちゃダメよ」と注意した。

 すると、「何が?別に好いじゃないか濡れてるのを乾かすくらい」と開き直る。頭に来たので「そんな常識も分からないのかい」と怒鳴り付けてやった。

 愚生は声がデカいので、何事かと心配した従業員が駆け付ける。事情を説明すると従業員が「ドライヤーはそういうことには使わないで下さい」というと、「何が悪いんだ、別に好いじゃないか」と反論し従業員や愚生を睨み付けてた。

 最近では「老人業」というのが流行り、「我々は優遇されるのが当り前だ」と言わんばかりに威張り、居直り、権利ばかりを主張する年寄りが多くなった気がする。

 そんな自己チューの年寄りが長生きするほど迷惑な話は無いし、そんな老人を「敬え」というのも無理というものだろう。初老(40歳)を過ぎた大人は、自分が周りの見本であるとの認識を以て、言動や行動には慎重であるべきだと思う。

 我が国は老人の知恵を借りて生き抜いたのも確かだろう。例えば、明治維新もそのバックボーンは江戸生まれの方々が創り上げた価値観であり、これは江戸時代に育まれた道徳や教養、武士道精神や大和魂が見事に結実した結果である。

 江戸時代中期から後期にかけて発達した古典研究の一学派である思想を「国学」というが、本居宣長が「古事記伝」を表し、その国学を大成させ、徳川光圀に至っては「大日本史」を編纂し、長い年月をかけて勤王思想を鼓舞した。

 この徳川光圀の日本学を「水戸学」と言うが、その教えを佐久間象山や吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬、桂小五郎など多くの志士が影響を受け、水戸学を知ることで天朝の尊厳性を尊び、鼓舞し奮い立った結晶が明治維新である。

 明治維新の不条理は扨て置き、国学に由る勤王思想などの国益中心の愛国・憂国の心の成果が、大政奉還と大政復古の見事というべき歴史を成し遂げたのだ。

 子供は国の宝であるが、老人も同じである。「敬老の日」を祝って貰う前に、老人と言われる大人こそ、先祖や先人と向き合い、自分自身がそれに恥じない生き方をしているか、老人として敬愛されているか、自問自答しては如何だろうか。

「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」という格言があるが、日本を背負って来た年寄りが嗤われたり叱られてる様じゃ世も末だ。こうした現状は団塊の世代に象徴される戦後民主主義の弊害と言ってばかりはいられない。呵呵。

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cordial8317 at 05:21│Comments(0)

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