日本政府「脱炭素」に向けて再生エネルギーを倍増するってよ!自民党は真の保守政党に回帰しなければ国民の支持は離れていくばかり

2021年10月24日

多くの人は自分の意見や理論こそが正しいと思っているが

「人間というものは知性に根拠を持たず、大抵は無意識に、ただ感情によってのみ支えられた先入観に囚われていることが稀ではない。こういった本能的な嫌悪、感情的な憎悪、決めつけられた拒否というような柵を乗り越えることは、欠点のある、或いは誤った学説を正しく直すことよりも千倍も困難である」とはアドルフ・ヒトラー。

 正義や良識というのは己の価値観であって、それが正しいとか一般常識なのかというとそうでもない。特に正義ということになればその正義は真逆な場合が多い。

 例えば、世界の警察を気取る米国の行動を正しいと思う人もいれば、リビアや北朝鮮の様に米国の対応を不正義だと思ってる国も在る。中共の弾圧で苦しむ国にとっては、自国の正義を実現しようという行動さえも容易に敢行出来ない国も在る。

 日本人同士でも同じこと。総選挙で自由民主党に投じる人は自民党が好ましいと思い、立憲民主党や日本共産党を支持する人にとっては自民党に敵愾心を抱く。尤も、その多くは「自民党くらいしか」とか「立憲や共産党にでも」程度で支持してる。

 安倍元首相が「悪夢の民主党政権」と断じて憚らないが、有権者の多くは「自民党にお灸を据える」という意味もあって民主党を支持した。別に民主党が良い訳ではなく「民主党しかないか・・・」「自民党より民主党にでも入れとくか・・・」程度で投票したというのが実情で、所詮は「でもしか政党」で、それは自民党も同じ。

 民主党が政権交代に成功した要因は、マスコミが連日繰り返した「政権交代」という言葉を、有権者が耳にすることでそれが正しいものと判断してしまった。

 無党派層と、マヌケなことに「自民党に御灸を据える」と自民党支持者の実に3割近くが民主党を支持した。安倍の「悪夢の様な」には自民党の責任もある(笑)

 大多数の国民はテレビや新聞、マスコミの報道に毎日接することで意思行動を方向付けられる。偏ってるとか成否は別にして、声の大きい者や発信力の大きい人、頻繁に接するモノに視聴者は「正しい意見」として先入観を植え付けられる。

 新聞購読者はその新聞に感化され、テレビの報道番組も出演者の意見に左右される。それが正しいとは限らないのに鵜呑みにしてしまう。情報弱者とは自分の意見を持たない人を言うが、そういう意味ではtwitterなどのSNSは情報や意見が豊富。

 愚生のブログやSNSでの意見が万人に正しいものだとは思ってはいない。右翼を自任する者として、日本国民であるならばこう考える、こう行動しなければならないというものであって、それを絶対無謬で右翼共通のものだとの驕りもない。

 人の多くは自分の意見や理論こそが正しいと思っている。SNSの世界も同じで、自分の意見と異にする者を説き伏せようとしたり、感化させようとしたりする。だが、固定観念や先入観に囚われてる屁理屈ってのは実に厄介なものでもある。

 意見の隔絶してる相手を翻意させることなど到底無理なことなのだが、そうしたことにも気付かずに無意味な論争を繰り返している様子は気の毒にも思う(笑)

 論争で理論的な間違いを指摘出来たとしても、論争してる相手側がこちらに「敬う心」を抱くことがなければ、喩えその指摘や意見が正論であり、また相手を慮っての意見と雖も相手に通ずることも受け容れられることもないだろう。

 左翼というのは確信犯だから翻意することはないが、無自覚左翼という戦後民主主義者にはこの手が多く、聞く耳を持たず偏狭な屁理屈を垂れる輩が多い。まぁ、右でも左でもどっちにしても、人というのは結局は「好きか嫌いか」で判断される。

「正しい」とか「間違ってる」という基準も、つまりは「好きか嫌いか」の延長であり、好意を持ってる人の意見は精神的に正しいと思い込んでいるに過ぎない。

 意見の食い違い以前に、嫌われてる相手に幾ら熱く語ったところで疲れるだけ。「生理的に合わない」とか「以心伝心」というが、自分が嫌いだとか苦手だなと思ってるいる相手というのは、向こうも同じ様に感じているものなのだ(笑)

「人に意見や指導をしてその人の欠点を直す」ということは大切なことであり、親切心であり、慈悲の心だとも言えなくもないが、意見される側がそれらを受け容れる気持ちが無ければ、意見や苦言というのは単なる「余計なお世話」でしかない。

「葉隠」では、意見というものは先ず、その人がその意見を受け入れられるかどうかを見極めることが大事であり、先ずは相手と親しくなり、自分を信用して受け容れる状態になってからでないと意見というものは通じることもないと教えている。

 食事や痛飲しながら相手に心を許し、自分の失敗談などを話し、意見を言わなくても、相手に間違いを思い当たる様に仕向けることが出来れば成功だという。

 相手の長所を先ずは褒めながら、その上で感じた欠点や間違いを指摘し直そうと努力するというのが親切心であり、本来、意見というのは斯く在るべきなのだ。

「人というのは結局は好きか嫌いかである」とは実に正鵠を射た喩えだと思う。愚生の様な右翼風情が声を大にして正論を吐いたところで、相手に通じないのは世間から忌み嫌われているということ。要は、生理的に合わないということに尽きる。

 まぁ、立派な主張が通じないのは理論よりも人柄や人格の問題か。理論武装も好いが、その確立してしまった性格や人となりを磨くのは容易なことではない。呵呵。

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