自称・自主避難者に見る朝鮮人強制連行説との共通性米朝一触即発、北朝鮮の民主化と朝鮮半島の安定化に繋がるか

2017年04月13日

新聞社に公正を求めることは最早無理なのかも知れない

 30年程愛読した地元紙を止めて産経新聞を一年間購読してみたが、参考になる記事も無いし、何より訃報欄が無いので地元紙を再購読することにした(笑)

 別の保守的な論評を求めている訳ではないが、せめてリベラルを自任するなら公正な報道に努めて頂きたいものだが、相変わらずリベラルを穿き違え、リベラルとは程遠い、左翼の主張と違わない世論誘導にしか思えない論説が目立つ。

 リベラルとは自由主義のことであり、自由主義とは個人の価値や人格の尊厳性を重んじることではあるが、そこには郷土愛や祖国愛がなくてはならない。

 新聞という公共的なものであれば中立を重んじ、意見の解れる問題に関しては公正・公平なの立場で報じるべきで、公正・公平とは是と非、表と裏である。

 如何せん、昨今のマスコミは反安倍の立場を強調する余り反体制的な読者の投稿を利用し、またそうした読者に阿る主張を垂れ流す。地元紙の投稿欄である「みんなのひろば」には、政治的なものは共産党員ではと思いたくなる常連ばかり(笑)

 ここの所、教育勅語への批判が目立つ。森友学園を例に挙げて「教育勅語を肯定・閣議決定不適切」という投稿が載っていた。こうした方々の主張は共産党の機関紙・赤旗やビラに書かれている内容と酷似してるのは気の所為か(笑)

 教育勅語を否定してる一番の理由は「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」で、これを「戦争があったら天皇の為に死ね」と曲解する。「戦前の子供はこれを暗誦し死んで行った」などと断じるが、教育勅語が渙発されたのは明治23年であり、日清・日露戦争を戦った明治・大正時代の国難の時代を生き抜いた方々もそうだったのか。

 教育勅語は「滅私奉公」の前振りだと断じているが、国民として滅私奉公や一旦緩急での協力は当然のこと。滅私奉公とは政治家にこそ求められる奉仕の心だ。

 義勇公に奉じることを天皇や皇室に結び付けてるが、国家の為に犠牲を覚悟で戦うことが何故にダメなのか。自分達の国や愛する者の為に戦うのは当たり前のことだろう。それとも敗戦国の日本は、未来永劫、米国に助けを求めろというのか。

 一方で、安っぽい平和主義を掲げ、国家の大本である防衛を担っている駐留米軍を批判するアホ左翼らの危機感や国家観に乏しい言い分には厭きれるしかない。

 現憲法第13条及び第14条では、「信教の自由」「思想・信条の自由」が保証されている。政府が教育勅語を使用することを否定しないのは憲法を順守している結果であり、否定することこそが憲法20条第3項違反であることを認識すべき。

 福島県の新聞社ということもあり、被害者を演ずる余り反原発の記事が多いのは致し方ないのだろうか。先の今村大臣の発言に対しての主張も、作為的な内容の記事を鵜吞みにした軽々しく幼稚な内容で、読んでて気の毒にも思えなくもない。

 最早、新聞社に公正を求めることは無理なのかも知れない。何故なら新聞社と雖も株式会社であり、広告主と読者に諂った意見を綴ることで営業が成り立ってる一面もあり、新聞記者もジャーナリストというより、単なるサラリーマンだ。

 正義を振り翳してはいるが所詮は営利主義。何より、戦後、米国が徹底した戦後民主主義教育にどっぷり漬かった読者と、言論統制の呪縛から解放されていない現状を見れば偏向するのは致し方無く、公正な報道を期待する方が無理というものか。 

 斯くいう愚生も投稿している。なるべく右翼的な主張は控えめしているつもりだが、編集者が替わり投稿が採用されることはめっきり無くなってしまった。

「岩代小浜の歴史と文化を護る会の取り組み」「原発再稼働・我が国の技術力を信じよう」「稀勢の里の優勝は日本人らしい判官贔屓」と、三回連続でボツでした。数日前に送った「米軍、シリアを攻撃」は採用されるだろうか。無理そう(笑)

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cordial8317 at 04:27│Comments(0)

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