2016年10月29日
共産主義者が謀る反天皇(反皇室)運動を糺さねばならない
三笠宮崇仁親王殿下薨去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。
三笠宮殿下は大東亜戦争の大義に疑義を呈したり、戦前の皇室の在り方を否定したり、「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」と建国記念日(紀元節)の皇居皇霊殿での祭祀に反対したことでも有名で、これこそが「赤い宮様」と言われる所以でもある。
左翼勢力は挙ってこうした三笠宮殿下の歴史的認識と発言を利用し、国民世論や大衆の煽動を謀ったが、発言の趣旨が曲解されこうした左翼勢力に利用されてしまったのは至極残念なことでもある。
閑話休題。マスコミは陛下や皇室に対しては敬語を使わない。三笠宮親王殿下の「薨去」を報じているのは産経新聞くらいなもので、他は何れも「三笠宮さまご逝去」と、態々「様」までもひらがなで統一し報道している。
その理由は「親しみを込めて」報道することを優先しているというが、「薨去」より「逝去」と報じる方が親しみがあるというのは屁理屈に過ぎず、皇室に対しての「尊敬」を失わせるものでしかない。
マスコミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の下、週刊誌などで陛下や皇族方を登場させ、不敬なスキャンダラスな記事で尊崇の念を薄れさせることに成功した。
「開かれた皇室論」は、我が国の国柄の破壊を目指す共産主義者の策謀であり、1932年にソ連共産党から日本共産党へ出された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の反天皇運動の遂行である。
所謂「天皇制廃止運動」とは、昭和時代にあっては「戦争責任・退位論」に始まり、「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」を展開した。
平成以降も「女性天皇論」や「女性宮家論」として、その「天皇制廃止運動」は国民が自覚の無い儘に巧妙に継承され浸透してしまっているのだ。
この「天皇制」というのは共産党の造語であるが、最近使われ出した「生前退位」という言葉またも反天皇を標榜する共産主義者による造語である。
産経新聞は、先般の皇后陛下の御発言もあり、本日より「生前退位」という言葉を改め、「譲位」という言葉を使用すると報じているが、その変更理由は実に言い訳がましく嗤うしかないが、ならば敬称不使用も改めるべきだろう。
この度の「三笠宮さまご逝去」の報道にしろ、日常的に報道されている「美智子さま」「皇太子さま」「雅子さま」「紀子さま」「悠仁さま」という敬称不使用は、コミュンテルンの命令書の忠実なる遂行と言っても過言ではない。
日本国民であるならば、「三笠宮崇仁親王殿下薨去」と報じるべきであり、日頃から「皇后陛下」「皇太子殿下」「皇太子妃殿下」「秋篠宮妃殿下」「悠仁親王殿下」と呼称しなければならない。
「開かれた皇室論」を推進するマスコミを通じ、国民が知らぬ間に我が国の伝統文化や美徳を喪失させてしまっているということに気付くべきだ。
我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、節度ある敬意を表するのは当たり前のことだろう。
自称愛国者や保守派などもSNSなどで軽々しく御真影の貼り付けをしているが、これも「開かれた皇室論」の弊害であり、尊皇精神と親しみ易さを穿違え、天皇の本質というものを理解していない証左でもある。
共産主義者が謀る反天皇(反皇室)運動を糺さねばならない。
三笠宮殿下は大東亜戦争の大義に疑義を呈したり、戦前の皇室の在り方を否定したり、「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」と建国記念日(紀元節)の皇居皇霊殿での祭祀に反対したことでも有名で、これこそが「赤い宮様」と言われる所以でもある。
左翼勢力は挙ってこうした三笠宮殿下の歴史的認識と発言を利用し、国民世論や大衆の煽動を謀ったが、発言の趣旨が曲解されこうした左翼勢力に利用されてしまったのは至極残念なことでもある。
閑話休題。マスコミは陛下や皇室に対しては敬語を使わない。三笠宮親王殿下の「薨去」を報じているのは産経新聞くらいなもので、他は何れも「三笠宮さまご逝去」と、態々「様」までもひらがなで統一し報道している。
その理由は「親しみを込めて」報道することを優先しているというが、「薨去」より「逝去」と報じる方が親しみがあるというのは屁理屈に過ぎず、皇室に対しての「尊敬」を失わせるものでしかない。
マスコミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の下、週刊誌などで陛下や皇族方を登場させ、不敬なスキャンダラスな記事で尊崇の念を薄れさせることに成功した。
「開かれた皇室論」は、我が国の国柄の破壊を目指す共産主義者の策謀であり、1932年にソ連共産党から日本共産党へ出された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の反天皇運動の遂行である。
所謂「天皇制廃止運動」とは、昭和時代にあっては「戦争責任・退位論」に始まり、「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」を展開した。
平成以降も「女性天皇論」や「女性宮家論」として、その「天皇制廃止運動」は国民が自覚の無い儘に巧妙に継承され浸透してしまっているのだ。
この「天皇制」というのは共産党の造語であるが、最近使われ出した「生前退位」という言葉またも反天皇を標榜する共産主義者による造語である。
産経新聞は、先般の皇后陛下の御発言もあり、本日より「生前退位」という言葉を改め、「譲位」という言葉を使用すると報じているが、その変更理由は実に言い訳がましく嗤うしかないが、ならば敬称不使用も改めるべきだろう。
この度の「三笠宮さまご逝去」の報道にしろ、日常的に報道されている「美智子さま」「皇太子さま」「雅子さま」「紀子さま」「悠仁さま」という敬称不使用は、コミュンテルンの命令書の忠実なる遂行と言っても過言ではない。
日本国民であるならば、「三笠宮崇仁親王殿下薨去」と報じるべきであり、日頃から「皇后陛下」「皇太子殿下」「皇太子妃殿下」「秋篠宮妃殿下」「悠仁親王殿下」と呼称しなければならない。
「開かれた皇室論」を推進するマスコミを通じ、国民が知らぬ間に我が国の伝統文化や美徳を喪失させてしまっているということに気付くべきだ。
我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、節度ある敬意を表するのは当たり前のことだろう。
自称愛国者や保守派などもSNSなどで軽々しく御真影の貼り付けをしているが、これも「開かれた皇室論」の弊害であり、尊皇精神と親しみ易さを穿違え、天皇の本質というものを理解していない証左でもある。
共産主義者が謀る反天皇(反皇室)運動を糺さねばならない。
cordial8317 at 06:35│Comments(0)
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