殉職自衛官追悼式に思う。誤謬に満ちたこの国の陋習を糺さなくてはならない。人間死んだら終わり。極楽浄土は現世に在り。

2016年10月25日

自衛隊を「国軍」としてその存在と必要性を明確にせよ!

 安倍首相は23日、自衛隊観閲式に於いて「この(安保関連法案)法制で諸君達に新しい任務が与えられることになる。尊い平和を守り抜き、次の世代へと引き渡して行く為の任務だ」と訓示した。

 安保関連法案下での新たな任務に於いて自衛官の尊い命が失われた場合はどうするのか、幾ら詭弁を弄そうとも自衛隊は違憲の存在であり、政治家がやるべきは自衛隊の存在を憲法に明確にすること以外にない。

 戦後、GHQは徹底した日本の非軍事化を進めた。悲しい哉、現憲法下では「陸海空の戦力は保持しない。交戦権も認めない」となっており、自衛隊の存在自体が憲法上認められていないのが現実。

 占領下の昭和25(1950)年6月、朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサーは吉田茂首相に国内警察力と海上警備力の強化を促す書簡を送った。

 所謂「マッカーサー書簡(文書)」である。これはマッカーサーが実質、日本国憲法の破棄を促したものだったが、吉田は改憲をせず目先の法制化で事を濁した。

 このマッカーサー書簡から1ヶ月後の8月9日には「警察予備隊令」が決定、翌日公布、即日施行という異例のスピードで準備が整えられ、政府は苦肉の策として自衛隊の前身たる「警察予備隊」を設置した。

 当時は憲法上の問題から、警察予備隊は「軍隊」ではないとする為に、「師団」を「管区」。「歩兵」を「普通科」。「砲兵」を「特科」。「兵器」は「武器」と呼称した。

 「戦車」に至っては「特車」という始末で、当時の混乱ぶりと右往左往ぶりが分かるというもの。中学時代の社会の先生は「戦車じゃなくタンクと呼ばなくてはならない」と笑いながら教えていたことを思い出す(笑)

 その後、「警察予備隊」は「保安隊」となるが、主権回復後の昭和27年8月1日、警察予備隊と海上警備隊を統合し「保安庁」が設置される。政府は「保安庁法」を提出するも、野党は「憲法9条」を楯に政府を攻撃した。

 吉田茂はその答弁で、「戦力とは近代戦を実行する力であり、保安隊、警備隊にその力はない」と詭弁を弄した。その結果、自衛隊は永い間「戦力なき軍隊」と言われたまま憲法上から忘れ去られ、今もその呪縛に囚われて続けている。

 政府は今も自衛隊を憲法上認められる存在だと主張し続けているが、戦後最大の虚構こそが現在の自衛隊の存在なのである。

 今や自衛隊は海外にも派遣され、国際貢献と平和安定に大きく寄与し、安保関連法案の制定によりその任務は多岐に及ぶこことなった。

 だが、国家の命令で派遣された自衛隊員が若し犠牲になった場合、本来、英霊として靖國神社へ祀るべき存在にも係わらず、そうした議論もせずに自衛隊員へにその職務の遂行のみを強いるのは如何なものか。

 自衛隊員の死が無駄死となってしまうことを危惧せざるを得ない。朝鮮戦争当時、極秘裏に派遣された海上保安庁の掃海艇一隻が触雷、沈没し一名が犠牲となったが、事実上の戦死にも拘らず未だに戦死と認められていない。

 殉職自衛隊員の追悼式が自衛隊の敷地内のみで行われていることは、自衛隊の活動を心強く思い感謝する国民意識と乖離するものである。

 訓練中や今回の震災での救援活動で犠牲となった隊員を国家として手厚く慰藉し、国民が慰霊と顕彰を行える様にすべきだし、過去に犠牲となった方々を含め靖國神社に合祀すべきものだと考える。

 軍隊とは任務の為なら死をも厭わぬ集団である。国家・国民の為に犠牲となれば国民挙って感謝の誠を捧げるのは当然である。

 軍人へ敬意を払うことは世界の常識なのだが、日本は未だ「平和ボケ」の真っ只中。感謝や敬意どころか罵詈雑言を浴びせる始末で、これこそが日本人の精神的貧困さを示す最たるものだろう。

 今こそ、国防をも否定する亡国憲法を破棄し、国民の生命財産と安全な生活を守る為に日夜活躍している自衛隊を国軍として、その存在と必要性を明確にせよ。

cordial8317 at 05:17│Comments(0)

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