勿体振ってないで持てる力全てを惜しむこと無く与えなさい「氏(姓)を変えることにより自己喪失感を覚える」という変態的意見

2021年02月18日

言ってることは分かるがチョッと訛ってるよね(笑)

 いなかっぺ大将の影響か、今では「いなかっぺ」という意味は「田舎の人」と思われてしまっているが、本来は「井の中の蛙大海を知らず」が語源。井戸の中からは塀が高くて外は見えないから、江戸っ子が世間知らずの奴を揶揄した言葉だった。

 田舎や山里で育った人は「田舎っぺ」ではなく、「山家(やまが)育ち」という。尤も、そんな言葉は今じゃ落語や古い時代劇でしか聞かない。

 古い日本映画や古典落語などには、盲(めくら)、唖(おし)、吃(ども)り、跛(びっこ)、聾(つんぼ)など、現代では考えられない放送禁止用語がバンバン飛び交ってて、実に面白く台詞というか日本語そのものが興味深いものばかり。

 差別用語だけではなく、懐かしくも美しい日本語が処処に溢れていて、こうした映画や落語を観たり聴いたりすることこそ生きた耳学問であり実践教育でもある。

 東京や横浜などの都会で育った人というのは、綺麗な標準語を話し、如何にも自分達は都会人なんだと気取っているが、自分達が使ってる言葉は蝦夷地開拓時代に作られた言葉であり、矯正され均一化された言葉だという自覚も無い。

 都会人にこそ「いなかっぺ」や「半可通(はんかつう)」が多く、己の無知を差し置いて地方出身者を貶して悦に入る。 「半可通」とは生半可で中途半端な知識をひけらかすことだが、多くは間違ってることの方が多いから注意すべし。

 その昔、所属していた団体にもいた。如何にも江戸っ子ぶって、べらんめえ調で話すのもので「お前、大田区の部落(目蒲線沿い)出身だろ。江戸ってのは品川までで、大田区なんてのは江戸じゃないよ(笑)」 と揶揄ってみた。

 後輩は怪訝そうな表情で「えッ、そうなんすか」と一言。 大田区大森出身の池田太作がべらんめえ口調で江戸っ子ぶってるのを見て、池波正太郎が「ピント外れ」だと嗤っていたのと同じで、勘違いしてる自称・江戸っ子はホント多い。

「お前の様なのを、いなかっぺって言うんだよ」と言ってみたが、本人は「井の中の塀」が「いなかっぺ」だとは思っていないから馬の耳に念仏、犬に論語(笑)

 都会に住んでるということだけが自慢の世間知らずのこういう輩に限って、地方出身者のイントネーションや訛りを面白可笑しく真似して笑ってるのが多い。

 以前、横浜の瑞穂塾の塾長で兄弟分の伊藤満と、伊藤の先輩らとの焼鳥屋で政治談議や世間話をしたことがあった。話の途中で伊藤の先輩の一人が、いきなり愚生に「言ってることは分かるが、チョッと訛ってるよね?」と言ってきた。

 こんな奴らと飲んだ時間が無駄だった。ああいう連中とは絶対仲間にはなれないし、人生意気に感ずることもなく、行動を共にすることもないと痛感。斯くいう伊藤と言えば、情けないことに礼節に欠ける先輩に苦言を呈すことも無かった。

 江戸時代末期には全国から若者らが江戸に出て遊学したり、諸国を遊歴した。その際に地方出身者を嗤い、言葉が訛ってるなどと詰ったなどと聞いたことも無い。

 薩長同盟にしろ、幕末に於いて京都守護職に就くこととなった会津藩にしろ、故郷の言葉を大切にして相手と接した。そうだからこそ互いの心意気を感じ取ったのだと思うし、明治維新もまたそういう草莽の民の結集でもあったのだと思う。

 ブロイラーの如く、均一化された連中が大好きな東京が在るのは、それこそ会津藩主・保科正之公に因る処が大きいと知ってる人が何人いるだろう。

 明暦3(1657)年1月、江戸は「明暦の大火」で大半が焦土と化した。幕閣らは江戸城天守閣の再建を望む声が多い中、保科公は一貫して先送りを主張した。

 というのは、江戸城再建を優先することで木材価格が上がり、庶民の暮らしが滞り、幕府も財政難に陥ることが目に見えており、江戸城再建を最優先に実行すれば、庶民の暮らしが行き詰まり、江戸が懐崩することにもなっただろう。

 都会に居ると目先のことばかりで先が見えないということもよくあること。大局を知るには地方に住むのも悪くはない。そういう意味では団体を辞したのも天命。地方に蟄居したとはいえ、右翼浪人として俯瞰した物の見方を養いたいものだ。

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cordial8317 at 05:34│Comments(0)

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