「反原発」の急先鋒・小泉純一郎の大衆迎合主義を嗤う大日本帝国憲法の改正で成立した現憲法は大日本帝国憲法に復元すべし!

2016年05月01日

「大和魂」とは「大和心」であり「和魂」である

 今日から五月。いつもの様に神饌を捧げ、玉体安穏と心願成就を祈願する。ふと考えた。祝祭日に日の丸を自慢げに掲げるが、自宅に神棚が在り、朔日(更には十五日)には神饌や榊を必ず替えるという自称・愛国者はどれほどいるのだろうか。

 神社の社頭での参拝者を見ていて気になるのは、拝礼し二礼二拍手一礼。その後、頭を垂れ瞑想という作法で参拝する人はかなり少ない。多の人は二拍手の後で手を合わせて祈る人で、寺での作法と混同している。まぁこれも神仏習合だろうか(笑)

 まぁ、そうした参拝でも神道は大らかだから大丈夫ですが、祈るより感謝が大事。近年の「愛国」ブームとはこの程度で、態態、国旗を掲揚したことをひけらかしたりしているが、ハッピーマンデーにも掲げて悦に入ってるのだから罪がない。

「愛国」という言葉を最初に使ったのは持統天皇である。その由来は「日本書記・第三十三巻」に在る「朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」という勅語からの引用。

「我(朕)は、貴男が廷を尊び、天皇国を思い、己を売ってまで忠誠を示したことを(顕・あきらかにした)嬉しく思う(嘉・よろこぶ)」という意味である。我が国の歴史の中で、一般の個人に与えたられた勅語はこれ以外にはない。

 天智2年(663年)、唐・新羅連合軍に攻撃された百済は、日本に救援を求める。日本軍はその要請に応じ、中大兄皇子(天智天皇)を中心とする大和(やまと)朝廷は、全国から集った傭兵凡そ5万人の援軍を百済白村江(はくすきのえ)に送った。

 だが「白村江の海戦」で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。その捕虜の一人、大伴部博麻は「唐が日本を攻める」という情報を得るも、日本に知らせる術はなく、自らを奴隷に売って資金を捻出し、仲間を帰国させ危機を知らせる。

 これが持統4年(689年)のこと。奴隷となった博麻が帰国したのは、何とその30年後のことだった。帰国後、持統天皇が博麻を表彰した際に送ったその言葉が前出の「愛国」の由来となった勅語である。 確かに、現代の日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として、「愛国心」は最も相応しい言葉だとは思う。

「日本の様な国には、愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。【大和魂】で十分ではないか」とは三島由紀夫だが、この三島の言葉の意味は大きい。そんな「大和魂」だが、多くの人は、特攻隊の様な勇ましさを表す言葉だと思ってはいないだろうか。大和魂とは、「大和心」であり、「和魂」である。

【敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花】という、これに尽きます。

 まぁそんなとこで、GWというのは、普段休日の様な日々を過ごしている愚生にとっては、相談する会社社長も休みだし、色んな意味で余り有難くはない。呵呵。

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cordial8317 at 06:27│Comments(0)

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