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2016年03月23日

卒業式や、別れの定番曲といえば「蛍の光」だったが・・・

 本日は、福島県内では公立小学校卒業証書授与式が行われる。

 卒業式や、別れの定番曲といえば「蛍の光」だったが、いつの頃から歌われなくなってしまった。

 この歌が拒否された理由は、国歌斉唱を拒否する運動と同じで、我が国の歴史を否定する所から始まったものであろうことは推測出来る。

 「蛍の光」の原曲は、スコットランド民謡の「オールド・ラング・ザイン」

 これに詩を付けたのが国学者の稲垣千頴(チカイ)と言われている。

 千頴は、陸奥国棚倉(現・福島県東白川郡棚倉町)出身。

 棚倉藩を治めていた松井松平家の家臣稲垣半太夫の次男として生まれ、幼少期から学問に頭角をあらわし日光の寺院へ留学。

 棚倉藩主松平康英の川越転封に伴い、川越藩藩校長善館の教員となる。

 京都遊学を経て東京に移り、1869年(明治2年)23歳で平田篤胤死後の国学塾「気吹舎(いぶきのや)」(主宰平田銕胤)に入塾する。

 塾頭に就任するも、塾則で禁じられていた遊郭登楼が発覚し、塾生らから意見書が提出され退塾処分となった人物でもある。

 遊郭通いとは中々洒落てるじゃないか。それを、高が遊郭遊び如きをチンコロするなんぞ、これから国学を習おうとする塾生としての心構えがなってはおらん(笑)

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 「蛍の光」は、GHQ統治下の、1949(昭和24)年、教科書検定制度最初の小学5年生の音楽教科書に掲載された。

 だが、「3番」「4番」の歌詞は、国家主義的な色合いが強いと削除された。

 その「3番」「4番」の歌詞と意味は次の通り。

 3、筑紫の極み 陸(みち)の奥 海山遠く 隔つとも その真心は 隔て無く 一つに尽くせ 国の為

 (九州の端や東北の奥まで、海や山々によって遠く離れていても、真心は唯一つにして互いに国の発展の為に尽くそうではないか)

 4、千島の奥も 沖縄も 八州(やしま)の内の 守りなり 至らん国に 勲しく 努めよ我が背 恙無く

 (千島列島の奥も沖縄も、日本の国土の守りだ。学を修め職を得て、どの地に赴こうとも、日本各地夫々の地域で、我が友よ、我が夫よ、我が兄弟よ、どうか無事にお元気で、勇気を持って任に当たり、努めを果たして頂きたい)

 この詩を知れば、我が国の歴史や先人の営為が見えて来る。

 この「3番」と「4番」の削除は正に、米国が謀った戦後民主主義教育の一環でもあったのだ。

 戦後民主主義とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観だが、その悪しき戦後教育は今や日本の隅々にまで浸透してしまっている。

 占領下、我々日本人はそれまでの尊い価値観を見失ってしまった。

 いつになったらこうした洗脳から覚醒するのだろう。

cordial8317 at 07:22│Comments(0)

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