「氏(姓)を変えることにより自己喪失感を覚える」という変態的意見天皇誕生日を寿ぐ

2021年02月22日

2月22日は「竹島の日」であり山口二矢烈士生誕日でもある

 韓国人の「虚言癖」という病んだ民族性はどうやっても治ることはない。ウソの中でも最大級のウソが所謂従軍慰安婦の強制連行と竹島の主権主張だろう。 

 竹島を「独島(ドクト)」と称し、「古来から韓国固有の領土である」と主張するその根拠は「三国史記(さんごくしき)」という古代朝鮮の歴史書に帰着する。

 その「三国史記」には、鬱陵島の西隣に在る「干山島(うざんとう)が新羅(しんら)の領土」と書かれていることを論拠に「歴史的事実である」と主張する。

「三国史記」とは、三国(新羅・高句麗(こうくり)・百済(くだら))時代から統一新羅末期までを対象とする紀伝体の朝鮮半島に現存する最古の歴史書である。この史記を論拠に韓国側は「4~5世紀から韓国領だった」と言い張っている。

 古地図を見れば、干山島は鬱陵島の西に接近している島だと分かる。だが、悲しい哉、韓国のいう「独島(竹島)」は、鬱陵島の東南92キロに在る島なのだから「干山島が竹島である」と主張することには無理があるだろう。

 こんな誰でも判りきった事実が存在するのに、聞く耳を持たずそれらを否定し、竹島の領有権を主張し不法占拠を続けているのが現状である。

 歴史的に見れば鬱陵島周辺の小島の呼称が変遷し、「竹島」は「松島」とか「リャンコ島」とか呼ばれた時代もあり、こうしたことが紛らわしくしているのかも。

 だが、李氏朝鮮時代の地図には鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど登場したことはない。鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 考えてみればそれは当然のことで、抑々、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら「空島政策」に由って居住が禁止されており、その鬱陵島より遥か先の島の干山島ことなんぞ関心も認識すらもなかったというのが正直なところだろう。

 面白いもので、我が国では鬱陵島を「竹島」と呼んでいたことがあるという。こうした歴史的経緯を、韓国人の我田引水的論法を真似すれば、「鬱陵島も日本固有の領土である」と主張しても可笑しくはないかも知れない(笑)

 韓国初代大統領に就いた李承晩は昭和27年1月、国際法を無視し、軍事境界線「李承晩ライン」を勝手に設定すると、竹島を取り込んで「韓国領」と宣言した。

 我が国の主権がGHQの統治から解放され恢復するのは同年4月28日。その約3ヶ月前に、我が国固有の領土であった竹島を掠め取ったというのが真相であり、韓国側の領有権主張はそれらの不法行為を正当化する詭弁でしかない。

 戦後、この「李承晩ライン」を侵犯したとして拿捕または抑留された日本人漁民は、その後に「日韓漁業協定」が成立する昭和40年(1965年)の間に3929人にも及び、拿捕船舶328隻、死傷者は実に44名を数えたという。

 韓国政府はこの日本人漁民抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を強要すると、驚くことに我が国政府はその恫喝にあっさり屈し要求に応じた。

 正しく「安易な譲歩が更なる譲歩を生む」という悪しき前例の最たるものであるが、この措置以降、在日が殖え続け、所謂「在日特権」が次々と与えられて行くこととなった。竹島問題は「在日特権」を考える上でも重要な問題でもあるのだ。

 話は変わるが、今日2月22日は2が揃う「にゃんにゃんにゃん」の「猫の日」らしいが、浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢のことを思い出さずにはいられない。

 昭和18年2月22日、山口家の二男として東京で生まれる。二月二十二日生まれと「二」の字が続いたことから、父は「二矢(おとや)」と命名したという。

 昭和34年、16歳の時に大日本愛国党に入党。だが、赤尾の運動に懐疑的だった二矢は翌年5月、同党の吉村法俊、中堂利夫(後に防共挺身隊に身を寄せるも脱退、両名共作家に)と共に愛国党を脱党し、「全アジア反共青年連盟」を結成する。

 その後間もなく、日比谷公会堂で演説中だった日本社会党委員長浅沼稲次郎に天誅を加えることとなった。社会党、浅沼稲次郎を刺殺したのが10月12日。練馬鑑別所で自裁したのが11月2日。「二」という数字は烈士にとって運命だったのだろう。

 生きていれば未だ78歳。麻生や二階よりも若い。右翼民族派陣営の現況は先細りの感は拭えない。二矢烈士が生きていれば右翼をどう導いてくれただろう。

 今どきの右翼団体は先覚の生誕祭を祝いや命日を偲ぶのが好きだが、それも大事なこととは思うが先覚各各の生き様を見倣はなければならないと思う。斯くいう愚生も、右翼人を気取りながらも未だ私を捨てきれず忠を全う出来ずにいる。

「自己放棄に達しない思想は賤しい思想である」と訓えたのは三島由紀夫。営業右翼や自称・愛国者を批判する前に、今や二矢の嫌う「愛国屋」風情に流されてしまっている己の怠惰な生き方を猛省せねばならないと自覚する。合掌再拝。

cordial8317 at 06:06│Comments(0)

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