「占守島の戦い」は決して忘れてはならない日本の歴史である

2022年08月20日

「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら」

 昭和20年、ポツダム宣言を受諾した8月14日以降もソ連の北方領土でへの侵略は収まる事はなく、同月18日には千島列島最北端の占守島にソ連軍が奇襲上陸した。

 終戦により武装解除準備を始めていた守備隊は武装を整え直し、ソ連に対して自衛戦闘を開始した。占守島での戦闘は日本軍の死傷者約600名、ソ連軍の死傷者約3000名に及び、日本軍の圧倒的勝利の中で8月21日に武装解除に応じ戦闘が終結。

 ソ連軍は千島列島だけではなく、日本人が居住していた樺太でも蛮行を繰り返した。外務省の外交文書「ポ宣言受諾関係・善後措置及び各地状況関係」には、昭和20年8月9日以降のソ連軍の蛮行が生々しく書かれている。一部摘記する。

「ソ連兵は30年来の怨みを晴らすはこの時なりとし、邦人の所持品は一物をも残さず略奪し、婦女子に対しては時所を弁えず暴行を加えるの暴挙に出て・・・」

「捉えられた婦女子は監禁され、ソ連兵に凌辱される」という恐怖から、自裁する道を選択せざるを得なかった女性も少なくない。樺太では昭和20年8月20日、樺太真岡郵便局の女子郵便局員が青酸カリを服用し壮絶な最後を遂げている。

 伊藤千枝(23歳)、可香谷シゲ(23歳)、沢田キミ(19歳)、志賀晴代(22歳)、高石みき(24歳)、高城淑子(19歳)、松橋みどり(17歳)、吉田八重子(21歳)、渡辺照(17歳)。彼女達は職務を全うし従容として死に就いた。

 この9人の乙女の悲劇を伝えた映画「氷雪の門」という映画がある。

〈あらすじ〉 昭和20年夏、樺太の西海岸に位置する真岡町でも日ソ中立条約を
一方的に破棄して参戦したソ連軍の侵攻に脅かされようとしていた。
 ソ連軍侵攻からの避難民は群をなして真岡町に向った。
 8月15日には玉音放送によって終戦が告げられ、樺太全土に
婦女子の強制疎開命令が出されるも、20日のソ連軍の上陸で間に合わなかった。
 志願して職場に留まり、追い詰められた女性交換手達は、
通信で寄せられるあちこちで次々と殺害される市民の状況から、
自らも青酸カリによる自決を選ぶしかなかった。
 9人の乙女の像に刻まれている
「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら」
が通信最後の言葉だった・・・

 今では「氷雪の門」はネットやレンタルビデオでも気軽に見れる様になったが、この映画の上映が決定された昭和49年には、ソ連の御先棒を担ぐ日本社会党(現・社民党)や日本共産党らが猛反対し、終には上映されることはなかった。

 日頃、珍左翼どもは「平和」を口にし原爆投下を糾弾するが、広島・長崎の原爆投下での犠牲者を遥かに超える死者を出したソ連の蛮行には口を噤む不思議。

 無辜の民を殺戮した米国に拠る原爆投下への批判はあって当然のことだが、連中の目的は執拗にこの古傷を暴いて日米離間を謀ることが目的で、党勢拡大と革命謀略の為に国民の安直な平和主義と幼稚な正義感を利用しているに過ぎない。

「平和」を口にするなら、長崎への原爆投下が実行された同じ日に断行された旧ソ連の対日参戦も糾弾すべきだろうが、未だに彼らから日ソ中立条約の蹂躙や北方領土での鬼畜の如き蛮行が語られることはない。何が「平和」か、何が平和団体か。

 ソ連の鬼畜の如き蛮行は、米国の原爆投下と無差別爆撃と同じく「平和に対する罪」であり、「人道に対する罪」である。平和団体お自任しながら、こうしたソ連の蛮行とシベリア抑留という人権侵害など多くの不条理に何故に声を上げないのか。

「平和」が好きな共産党や社民党とは所詮はこの程度の政党というか、日本の為にならないことばかりしている正に売国政党。その姿勢は今も変わることは無い。

 その後、「氷雪の門」は公開されることはなかったが、今話題の統一教会系の勝共連合がこの映画の放映権を取得し、徐々に国民に知られる様になった。

 大学時代の昭和56年頃、勝共連合幹部と知り合いだった愚生は、同級生で横浜の右翼団体隊長(当時)の伊藤満を同道し、赤坂の勝共連合本部事務所を訪問し視聴したことがあった。放映後、部屋が明るくなると互いの目が充血していたっけ。

 末尾に当り、北の島々に眠る同胞の御霊に対し衷心より哀悼の意を表します。

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cordial8317 at 06:45│Comments(0)

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