左翼やマスコミというのは息を吐く様にウソを吐く(笑)「正しい歴史観」を共有するということは自国の歴史を否定することである

2015年09月01日

大東亜戦争の真の歴史と意義を知ることは国民としての義務である

20100919221854
 1945年(昭和20年)9月2日、東京湾上に停泊してた戦艦ミズーリの甲板上で重光葵(しげみつまもる)外相と梅津美次郎参謀総長が降伏文書に調印する。

「上海天長節爆弾事件」で右足を失った重光全権は、ステッキを頼りに義足を引き摺りながらミズーリの階段を喘ぎ喘ぎ上る。調印を前に重光は一杯の水を所望する。

 案の定、その要望は米国側に冷たく拒否された。卑怯者の「ジャップ」にやる水などないという米国人の憎悪が目に見える。 重光全権の強かさにも思える。

 遡ること昭和7年4月29日、重光は上海に於いて、駐中華民国公使として天長節奉祝式典に参列し、国歌を斉唱する。この時、朝鮮独立運動家・尹奉吉が爆弾を投擲。だが、重光は逃げずにそのまま「君が代」を歌い続け、結果、片足を失った。

 重光は、この事件を振り返り「爆弾が投げられたのは分かっていたけれど、国歌斉唱中なので動かなかった。動くのは不敬であると考えた」と述べている。

 重光の隣でやはり遭難して片目を失った海軍大将だった野村吉三郎も、重光と同じく「国歌斉唱中だったから逃げなかった」と、その理由を語っている。

 終戦後に外相や駐米大使となる野村や重光の様な、こうした決死の覚悟というか、肝の据わった官僚や政治家がいないのは我が国の不幸とも言えよう。

「君が代」「日の丸」に反対する勢力も、また軽々しく国旗や国歌を利用する自称・保守派や右翼人もまた、決死の覚悟が伴っているかといえば疑問である。
 
 降伏文書の署名に由って我が国は「負け」を認めた訳だが、先の戦争は決して間違いではない。抑抑、何故に我が国が開戦を決意し真珠湾攻撃に至ったかが問題であり、それにはペリー来航時代にまで遡らなければ到底理解は出来まい。

 ペリー総統率いる黒船に驚いた我が国は、強力な中央集権国家を形成しようと明治維新の大業を成し遂げた。15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せ、アジアは次々と列強に蚕食され植民地となって行った。

 その間に勃発した「日清・日露戦争」も避けては通れない宿命的な歴史だったのだ。「日清戦争」に続く「日露戦争」での日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させ、特に有色人種に与えた影響は強烈だった。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議で「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案。然し、議長を務める米国大統領ウイルソンが拒絶し否決される。「有色人種に人権など必要無い」との差別が横溢していたのは明らかだった。

 その後、世界は第二次世界大戦に突入し、我が国はABCD包囲網や最後通牒を突き付けられ、最早生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断に至るのだ。

 今も糾弾して止まない「リメンバーパールハーバー」は、日本人への偏見と差別であり、先の大戦の過ちを反省すべきは我が国ではなく米国自身である。

 歴史を語る上で大切なことは、古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義には目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。終戦70年を迎えた今、日本という奇跡の国に生まれ育った者として、大東亜戦争の真の歴史と意義を知ることは国民としての義務である。

※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。

《会費&御支援の御願い》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円。法人120000円。協賛会員300000円~。

cordial8317 at 08:23│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

左翼やマスコミというのは息を吐く様にウソを吐く(笑)「正しい歴史観」を共有するということは自国の歴史を否定することである