終戦記念日とは「戦争が終わってめでたしめでたし」ということだろう(苦笑)8月15日の「終戦記念日」という呼称を改めなければならない

2023年08月16日

陛下、「深い反省」と言うなら靖國神社へ御親拝を!

 靖國神社周辺での騒がしい8月15日が終わった。愚生も昔は「終戦記念日」を何の疑いも無く使っていたが、よくよく考えれば「終戦記念日」とは、「(無謀な)戦争が終わってめでたい、めでたい」ってことなんじゃね~のと気付いた(笑)

「終戦記念日」と国民が信じて疑わなくなっってしまった。「終戦」とは、GHQに因る戦後民主主義の影響だろう。8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」であり、「平和祈念日」や「戦没者追悼記念日」の方が好いのではなかろうか。

 全国戦没者追悼式で陛下は、宮内庁の奸臣どもが作った恒例の「深い反省」の下で、全国民と共に戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し追悼の意を表した。

「深い反省」とは、国策として戦った戦争に負けてしまったことの反省か。 不戦の誓いを新たにすることは諒とするが「深い反省」は止めた方が好い。

「深い反省」とは、先の大戦での日本悪玉論を認めることに他ならず、「大東亜戦争終結ニ関スル詔勅」と照らし合わせても矛盾を感じるし軽々しく思う。

「深い反省」という、その誤った国策の中で自らの命を投げ出された英霊も加害者だと言ってる様なものである。そんな馬鹿なことはあるまい。「深い反省」というのなら、国策に殉じた英霊の御霊を鎮める為にも御親拝遊ばされるべきだと思う。

 陛下を利用しての反戦の主張など、陛下を政治利用してる現状は、正しく天皇が現憲法下での傀儡として国事行為を行う為だけの存在であることを憂う。

 8月15日は、「国民一人一人が夫夫の場所に於いて戦没者を偲び、心から黙祷を捧げる」ことが大事で、何も靖國神社や護国神社に出向くことが大事なのではない。

 現在の平和や繁栄が戦没者の犠牲の上で成り立っているということは当然であるが、先の大戦で犠牲となられたのは靖國神社に祀られている英霊の方々だけではない。原爆投下や全国への空襲、暴行や陵虐、自裁などで亡くなられた方々も多い。

 所謂「終戦記念日」に、右翼陣営や自称・愛国者、営業保守や政治家が靖國神社のみに拘れば拘るほど、それに違和感を持つ国民がいても不思議ではない。キチガイ集団「反天連」にしても、8月15日の靖國を単に利用し弄んでいる様にも感じる。

 超党派の議員連盟「みんなで靖國神社に参拝する国会議員の会」のメンバー67名が参拝した。国会議員衆参合わせ713名中、たった67名だから一割にも満たない。

 60人そこそこで恥ずかしくもなく「みんなで」などと言えたものだ。「みんなで靖國神社へ参拝する国会議員の会」などという仰仰しい名前は変えた方が好い。

 高市早苗経済安全保障担当大臣、荻生田光一政調会長などが参拝した。高市大臣は「国策に殉じられた皆様の御霊に哀悼の誠を捧げて参りました」と語った。

 靖國神社は、国家の礎として尊い命を投げ出された英霊の功績などを広く知らせる為の顕彰する社である。「顕彰」とは、広く世間に知らせることである。

 英霊の死を悼み、悲しむ追悼施設ではない。「鎮魂」ならば、国策に殉じた英霊の御霊は陛下の御親拝に拠って鎮められるしかなく、臣民が出来ることではない。

 悲しい哉、総理大臣や国務大臣が靖國神社への参拝することは、日本国憲法下では第20条違反に問われる行為でもある。 20条第3項には、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と明記されている。

 つまり、首相や閣僚の靖國参拝がこの条項に抵触していると断じられても致し方ないのである。自民党幹部は「総理や大臣と雖も個人の信条は優遇されるべき」との認識を示し、「個人の意思で参拝するのであれば、個人の判断だ」とも述べている。

 この「個人なら参拝は問題ない」という言い回しは、逆を言えば「総理や大臣の参拝には現憲法上問題がある」ということを自覚しているということでもある。

 最高裁が示した憲法の禁止する「宗教的活動」の定義は、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫等も含まれる。

「A級分祀論」や「国立追悼施設建立」なども同じく靖國神社への圧迫干渉であり、信教の自由を保障する政教分離規定の「憲法20条」違反でもある。大臣の靖國参拝訴訟が起こされ違憲判決が下されたならば即刻、現憲法を改正すれば済むこと。

 憲法改正が困難というか実質的に不可能な中で、容易に靖國参拝が可能になる方法がある。それは、靖國神社の国家護持を図る上で「宗教法人格」を見直すことであり、先ずは靖國神社の宗教法人を外すことから進めることも一考だろう。

 問題は「靖國神社は宗教なのか」ということである。確かに現在「宗教法人」となっているが、これはGHQが国家と神道の分離を謀った所謂「神道指令」下、靖國神社の護持に苦慮した関係当局の緊急避難行為であり、実態は宗教ではない。

 宗教とは「教祖」と「経典」と「布教活動」の三要素を必須不可欠とするが、靖國神社にはその一つも無い。祀りの様式を日本古来の神道に則って行っているだけ。

 自民党は過去に、衆参両院議員選挙の際のその公約の一つとして、「身を挺して国に殉じた英霊を祀る靖國神社の公式参拝と国家護持の実現を図る」ということを幾度となく掲げているが、国民が期待する保守政党として当然の主張であろう。

 然し乍ら、自民党が安定多数の議席を確保しても公約は実現せず、昭和49年の参議院での審議終了に因る廃案以来、自民党からは「靖國神社法案」は提出されることはなくなった。これ即ち、自民党のヤル気の無さと保守政党として瓦解した証左。

 靖國神社の国家護持、そして陛下の御親拝始め、閣僚、自衛隊等政府機関の公式参拝は、遺族や大多数国民血涙の悲願である。靖國問題に対する民心の帰趨は明らか。

 自民党は保守政党とは程遠くなった。であるならば、自民党内保守や「みんなで靖国神社を参拝する会」の超党派議員が靖國神社に集い、靖國神社の下で、日本再生の気概を示す意味でも「靖國神社法案」のスローガンを高々と掲げるべきである。

 悲しい哉、国会議員の8月15日の参拝は保守票目当てのパフォーマンスに過ぎない。右翼団体を始め自称愛国者や営業保守派、政治家の靖國神社を軽んじるパフォーマンスとキチガイ反天連の行動が続く限り、陛下の御親拝は遠退くばかりなり。

※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。

《会費&御支援の御願い》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円。法人120000円。協賛会員300000円~。

cordial8317 at 06:04│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

終戦記念日とは「戦争が終わってめでたしめでたし」ということだろう(苦笑)8月15日の「終戦記念日」という呼称を改めなければならない