8月15日は「終戦記念日」ではありません!北海道へのソ連軍進駐を阻んだ「占守島の戦い」は大きな意味があったのだ

2015年08月16日

「終戦記念日」というより「平和祈念日」と言う方が好ましいのでは

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 騒がしい8月15日が終わった。

 愚生も「終戦記念日」を何の疑問も無く使っていたが、よくよく考えれば「終戦記念」とはチョッと変だ。これって、「(無謀な)戦争が終わってめでたい、めでたい」ってことなんじゃね~の?

 この日を「終戦記念日」と言い出したのはいつの頃からなのだろう。やっぱこれもGHQによる戦後民主主義の影響なのだろうか?

 8月15日は「終戦記念日」ではなく「戦没者を追悼し平和を祈念する日」であり、言い換えれば「平和祈念日」と言った方が好いのではなかろうか。

 全国戦没者追悼式で陛下は、「深い反省」の下、全国民と共に戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表した。

 8月15日という日は、「国民一人一人が夫夫の場所において戦没者を偲び、心から黙祷を捧げる」ことが大事で、何も靖國神社や護国神社に出向くことが大事なのではない。

 現在の平和や繁栄が戦没者の犠牲の上で成り立っているということは当然であるが、先の戦争で犠牲となられたのは、戦陣に散り靖國神社に祀られている英霊の方々だけではない。

 原爆投下や全国への空襲、暴行や陵虐などによって、戦禍に倒れた方々も多く、所謂「終戦記念日」に、保守派が靖國神社のみに拘れば拘るほど、それに違和感を持つ国民がいても不思議ではない。

 政治家にしろ、保守派や自称・愛国勢力にしろ、軍事オタクにしても、或いはキチガイ集団「反天連」にしても、8月15日の靖國を単に利用し弄んでいる様にも感じてしまう。

 超党派の議員連盟「みんなで靖國神社に参拝する国会議員の会」のメンバー67名が参拝した。国会議員衆参合わせ717名中、たった67名だから一割にも満たない。

 60人そこそこで何が「みんなで」だ。いい加減、「みんなで靖國神社へ参拝する国会議員の会」などという仰仰しい名前は変えた方が好い。

 高市早苗総務相、有村治子女性活躍担当相、山谷えり子国家公安委員長と、荻生田光一党総裁特別補佐官が安倍首相、否、安倍総裁の名代として玉串料を奉奠した。

 高市大臣は「外交問題になるべき事柄ではない」と語り、有村大臣も山谷大臣も、国難に殉じた英霊の御霊に対し「感謝の誠を捧げた」と至極当然の認識を示した。

 だが、悲しいかな、総理大臣や国務大臣が靖國神社への参拝することは、日本国憲法下では第20条違反に問われる行為でもあるのだ。

 20条第3項には、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と明記されており、この条項に抵触していると断じられても致し方ない。

 自民党幹部は「総理や大臣と雖も個人の信条は優遇されるべき」との認識を示し、「個人の意思で参拝するのであれば、個人の判断だ」て述べている。

 だが、この「個人ならいい」という言い回しは、つまりは総理や大臣の参拝には問題があるということを自覚している裏返しでもある。

 また、最高裁が示した憲法の禁止する「宗教的活動」の定義は、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫等も含まれる。

 つまりは、「A級分祀論」や「国立追悼施設建立」などもまた靖國神社への圧迫干渉であり、信教の自由を保障しようとする政教分離規定の「憲法20条」違反でもあるのだ。

 大臣の靖國参拝訴訟が起こされ、それに対し違憲判決が下されたならば即刻、現憲法を改正すれば済むことなのだ。

 憲法改正が困難な中で、もっと容易に靖國参拝が可能になる方法がある。

 それは、靖國神社の国家護持を図る上で、「宗教法人格」を見直せばいいことで、先ずは靖國神社の宗教法人を外すことから進めることも一考だろう。

 そこで問題となるのは「靖國神社は宗教なのか」ということである。

 確かに靖國神社は現在「宗教法人」となっているが、これはGHQが国家と神道の分離を謀った所謂「神道指令」下、靖國神社の護持に苦慮した関係当局の緊急避難行為であり、実態は宗教ではない。

 宗教というのは、抑々「教祖」と「経典」と「布教活動」の三要素を必須不可欠とするが、靖國神社にはその一つも無い。唯、祀りの様式を日本古来の神道に則って行っているだけである。

 自民党は過去に、衆参両院議員選挙の際のその公約の一つとして「身を挺して国に殉じた英霊を祀る靖國神社の公式参拝と国家護持の実現を図る」ということを幾度となく掲げているが、保守政党として当然の主張であろう。

 だが、自民党が安定多数の議席を確保すれどもこの公約は実現せず、昭和49年の参議院での審議終了による廃案以来、この「靖國神社法案」は提出されることはなくなった。

 これ即ち、自民党のやる気の無さの現れでもある。

 靖國神社の国家護持、そして陛下の御親拝始め、閣僚、自衛隊等政府機関の公式参拝は、英霊は元より、遺族や大多数国民血涙の悲願である。

 靖國問題に対する民心の帰趨は明らかであり、自民党が保守政党であるならば、靖國に集い、靖國の下で、保守政党の気概を示す意味でも、「靖國神社法案」の成立を高々と掲げるべきである。

 8月15日の喧騒が続けば続くほど陛下の御親拝は遠退くばかりなり。

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cordial8317 at 07:35│Comments(0)

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