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2015年08月14日

検察のメンツか、「袴田事件」即時抗告審、DNA鑑定検証へ

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 袴田巌死刑囚の第二次再審請求が認められ、釈放されたのは昨年3月の事。

 村山浩昭裁判長は、その再審決定の理由を「無罪である可能性が相当程度明らかになった現在、これ以上拘置を続けることは正義に反する」と述べた。

 だが、東京高裁は昨日、決定の根拠となった弁護側のDNA鑑定が再現可能かどうかを検証する実験をする方針を決定した。

 この検証結果如何では袴田さんの再収監の可能性も出て来たということだが、こうした不条理をいつまで続けるつもりなのか。

 検察もメンツを重んじるのはいいが、「科学的に信用出来ない」との主張は、多くの国民が検察に向けて感じている言葉であって、過去の違法捜査と、捏造を謙虚に認め、猛省するべきだろう。

 所謂「袴田事件」は、昭和41年6月30日未明、静岡県清水市(現静岡市)の味噌製造会社の専務宅から出火し全焼。焼け跡から一家4人の死体が発見され、その後、味噌工場の二階の寮に住み込みで働いていた袴田巌さんが逮捕された。

 証拠品は、微量の血痕が付着したパジャマのみ。物的証拠が乏しい中、長時間の過酷な取調べによって、終には袴田さんは自白してしまう。

 ところが、一審の公判中の昭和42年8月31日、工場内の味噌タンクの中から麻袋に入っていた血痕の付着した衣類が発見され、パジャマから一転しこの衣類が決定的な証拠となった。

 パジャマの血痕、味噌タンクに一年も入っていたとは思えない衣服、犯行時に使用したと言われる切り出しナイフなど、誰が見ても不可思議な物的証拠と不当な捜査だったが、昭和55年に上告が棄却され死刑が確定した。

 翌年、静岡地裁に再審を申し立てるも、平成6年棄却。そして昨年の第二次再審請求で再審が決定されたが、死刑判決から実に34年の年月を要した。

 何故にこれ程までの年月を要したのかは、単なる司法のメンツに過ぎない。

 正に過ちを文(かざ)り、屋上屋を重ねてきた結果である。

 冤罪を生む理由には、捜査のいい加減さや自白の強要、捏造、証拠品の不確かな鑑定など様々だ。

 今の時代は科学捜査が当たり前になっているが、一昔前には信じられない様な驚く鑑定が相次いだのも事実。

 昭和24年、弘前大学の松永藤雄教授宅で妻が何者かに咽を斬られ殺された事件が起きた。

 捜査によって近所に住む那須隆という男が逮捕され、彼の着衣から血痕が見つかり、それを証拠に犯人と断定された。

 彼は犯行を否認したまま起訴され、「反省も無い」との理由から情状は認められず15年の刑を丸々務めることになった。 

 だが、那須さんが釈放されて間もなく、「弘前大学教授夫人殺害は自分だ」と、滝谷福松という男が名乗り出る。

 彼の証言によれば、教授宅はミシン修理に行って面識もあり、犯行時の詳細を供述し、紛れもなく滝谷福松の犯行だったことが明らかになった。

 那須氏は早速仙台高裁に再審請求するが、何故か高裁は棄却した。

 その2年後、那須氏が再審請求すると今度はあっさり受理され、無罪判決が出た。

 鑑定の結果、当時証拠とされた着衣の血痕は別のものだったという。

 そんな証拠の信憑性の無さは誰もが判りきっていたにも拘らず、何故に2年前には再審請求が却下されたのか。

 何のことはない、捜査で血液鑑定を行った古畑種基東大教授が未だ生きていたという理由から、その古畑教授のメンツを守る為に却下されただけのこと。

 要は、事件の事実解明よりも、科学捜査研究所所長も務め、文化勲章を授与された古畑教授の名誉を守ることが優先されたのだった。

 2年の間に古畑が鬼籍に入り、やっと無罪判決を得るが、こんないい加減な鑑定や判決が当たり前の様に行われていたという事実に驚きは隠せない。

 「袴田事件」も同じ様なもので、事件を担当した紅林麻雄刑事は拷問による尋問、自白の強要、懐柔、供述調書の捏造、自己の先入観、固定観念による違法捜査、違法な取り調べの常習者だったことは夙に有名な話し。

 「二俣事件」「幸浦事件」「小島事件」など、紅林が過去に主導した数多くの捜査でも、その行き過ぎが指摘されている。

 その紅林も鬼籍に入ったが、再審決定の報を草葉の陰でどう感じたことだろう。

 冤罪を生む元凶は、捜査に携わる人間の驕りや傲慢さ、更には間違いを認めず屋上屋を架すからだが、こうしたことによって真犯人を取り逃がすことになる。

 冤罪で逮捕される方も気の毒だが、冤罪は被害者遺族にとってもその無念が晴れることは無く、断腸の思いだろう。

 「過ちて改めざるこれを過ちという」「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」という。

 喩え司法と雖も過ちは犯すもの。その過ちを素直に認め改めることこそ、正義を守る上では最も大事なことだと思う。

 袴田氏本人や実姉、そして多くの袴田冤罪事件に奔走している方々は、東京高裁の決定に落胆することなく、司法の正義を信じ頑張って頂きたいものだ。

 尚、袴田事件のことを知らない方や、もっと詳しく知りたい方は、映画「BOX(袴田事件・命とは)」を観ることをお勧めします。

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cordial8317 at 09:09│Comments(0)

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