「一生を棒にふる」という生き方「安倍さんって、アタマ悪いんじゃないの!?」という質問

2015年08月06日

「原爆投下が戦争の終結を早めた」という人がいるが事実は違う

 今日8月6日は、米爆撃機B29エノラ・ゲイが広島に原爆を投下してから、70回目の「原爆の日」を迎える。

 広島には「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という訳の分からぬ原爆死没者慰霊碑が建っている。

 自虐史観の象徴の様な碑だが、過ちを犯したのは米国であり、大東亜戦争が悪い訳ではない。

 抑抑、米国による原爆投下は、日本人への人種差別と人体実験から行ったものだ。

 6日の広島、9日の長崎への原爆投下を受け、日本政府は14日、終にポツダム宣言の受諾を決定した。

 この結果を見て、「原爆投下が戦争の終結を早めた」という人がいるが、事実はそう簡単なものではない。

 天皇というのは制度ではないが、元駐日大使だったグルー国務長官代理が中心になって作成されたポツダム宣言の原案には、「天皇制存続の保障」が盛り込まれていたのは確認されている。

 米国側は、日本政府が和平を模索していることを知っていたので、天皇を保障する案なら受け容れる可能性が極めて高いと考えていた。

 ところが、反日的なスチムソン陸軍長官やバーンズ国務長官らは、元国務長官ハルの助言によって、この「天皇制存続」の項目をポツダム会議の直前で削除してしまう。

 即ち、「天皇の存続」の項目が明記されていないポツダム宣言は、我が国にとっては極めて受け容れ難い内容になっていたのである。

 そのことをよく認識していたトルーマン大統領は、ポツダム宣言発表前日(7月25日)の日記に、「この兵器(原爆)は今から8月10日迄の間に使用されることになる」と記した。

 この事実をしても、米国側が「日本政府がポツダム宣言を黙殺したから原爆が投下された」という反論が真っ赤な嘘であることは、この日記が明瞭に証明している。

 原爆を日本に投下することになった背景は、根強い人種偏見からだ。

 米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月のことで、原爆搭載機を対日戦用のB29爆撃機を選んだ。

 翌年9月、米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」には、「原爆は日本に対して使用されるであろう」と明記された。

 こんな不可思議な決定は、人種偏見、日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。

 更に、その後の米軍の広島長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」や「被爆者カルテ没収」など、目に余る人権蹂躪行為を見ると、「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら思えて来る。

 トルーマン大統領の日記にはこうも書かれてある。

 「ジャップどもは野蛮人で、冷酷、無慈悲且つ狂信的な連中だ」

 このことでも人種差別、日本人蔑視が横溢してたのは明らかだろう。

 左翼も右翼も「反米」は大いに結構なことだ。ならば原爆投下した米国の「核の傘」に甘んじ、国家の大本を米国に依存しているこの歪な体制をいつまで続けるつもりなのか。

 「平和」も「安全」も日本人自らが創り出さねばならず、真に米国依存からの脱却を目指すには何を成せばいいのか考えなくてはならない。

 左翼や自称・平和団体が口にする「反米」や「平和」は、戦後民主主義教育の弊害であり、その実は「親米」を根にするものであることに気付くべきだ。

 広島・長崎での原爆投下を煽り、左翼らが「復興」と「平和」で国民を誑かし、「反原発」「脱原発」の策謀によって、「核武装」という国防上最重要ともいえる問題はタブー視されている。

 安保関連法案は「米国の戦争に撒き込まれる」というが、これは米国依存から脱却する一里塚であるとも考えられなくもない。

 そういう意味でも、集団的自衛権行使は当然ながら、アジアから、そして世界から核兵器が無くなるまで暫定的に保有する「核武装構想」も、アジア諸国や世界の平和と安定に貢献出来るものだとの認識を共有すべきである。

 心の呵責無しに、核兵器を有する資格があるのは、世界で唯一の戦争被爆国である我が国だけであり、戦争被爆国である我が国が核を保有した上で、核の脅威と核廃絶を訴えることに大きな意味を持つ。

 真の「平和」を創造する為にも限定的核武装を急ぐべきだろうが、そんなことを自民党員が発言したものなら、キチガイ扱いされることは必至だ。

 正論である、磯崎首相補佐官の発言にしろ、武藤貴也代議士のツイートにしろ、あんなのでバッシングされるのだから、呆れ甚しという他はない。

 未だに自虐史観から脱却出来ない現状は、米国の原爆投下と占領政策が、米国が意図した以上の成果を齎し続けているという証左でもある。

cordial8317 at 05:29│Comments(0)

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