井戸川元町長も訴えるなら先ず菅直人を訴えるべきだろう(嗤)イルカ漁の抗議や反捕鯨は日本文化の否定というより日本人差別

2015年05月22日

党首討論を嗤う。岡田、志位よ、もっと真面目にやれっての!

 先日、国家基本政策委員会両院合同審査会で、安倍総理は民主党の岡田克也、維新の党の松野頼久、日本共産党の志位和夫と党首討論を行った。維新の党の松野はどうでもいいが、岡田と志位の質問はなんなんだ、あれは?

 岡田は真顔で(まぁ顔が崩れているが)、 「戦闘地域の近くでいれば、米軍その他と一緒にいれば、戦闘に巻き込まれるリスクもある。正直に説明する中で、私は安全保障の議論深まると思うわけですけど、まず、この後方支援について、総理、自衛隊のリスクは高まるんですね」と質問。

 安倍は無難な答弁に終始したが、岡田は我慢出来ず、「国民に対して正直に“こういうリスクもあるが必要だ”という議論をしないと、絶対に理解されない」と批判した。

 岡田のいう「リスク」とは何なのだろう?

 分かり易く言えば、自衛隊員が犠牲になる、つまり自衛隊員が死亡するリスクが高まるということを言いたいのだろうが、自衛隊員たるもの国家国民の為に自己犠牲も厭わず日夜訓練に励んでいる訳で、況してや岡田は自衛隊発足時から今迄、何名の自衛隊員が亡くなっているのか知っているのだろうか。

 昭和25年8月9日の警察予備隊発足以来、自衛隊では実に1822名の自衛官が「殉職」されており、東日本大震災で殉職された方々を入れるとその犠牲者は実に1851名にも及んでいる。

 東日本大震災を始めとした災害派遣や、我が国の平和と独立、国民の生命財産を守る為に日夜行われている訓練などで、1851も名の自衛官が殉職されていることを、国民は知っているのだろうか。

 岡田や政治家が、こうした自衛隊員の現実を見ずに、「リスク」を語ることに違和感を感じると共に憤りを覚える。

 殉職隊員の慰霊と顕彰を語る上で、靖国神社は切り離せない。

 現在、殉職隊員の追悼式は、市ヶ谷の防衛省敷地内で行われているが、こうした追悼式が国民に知らされることはない。

 自衛隊員の「リスク」云々を語るなら、安保法制成立によってその犠牲が高まるならば、慰霊と顕彰の在り方を論ずることこそ政治家の務めであろう。

 中共の覇権的海洋進出を始め、朝鮮半島の緊張と日米安保の形骸化など、我が国周辺の安全保障環境は益々厳しいものとなりつつある今、一旦緩急を想定して準備を怠ってはならない。

 近い将来、自衛官の「戦死」が生じた場合、彼らを慰霊し顕彰するのはやはり「靖國神社」を於いて他になく、1851名に及ぶ殉職自衛官もまた、靖國神社に祀ることは当然の行為である。

 国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し感謝の誠を捧げ、慰霊し顕彰することは世界の何処の国でも余りにも当然のことで議論の余地などなく、今を生きる我々国民の義務でもある。

 ところが残念なことに、我が国では国の礎となった方々は国家、国民から顧みられることが少ない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか、我が国の政治指導者らは考えたことがあるのだろうか。

 全ての捩れは国の基本法である日本国憲法が元凶であり、自衛隊を巨大な警察組織として誤魔化した儘いつまで放置する気か。

 安倍は、「その御遺志を受け継ぎ、我が国の平和と独立を守り、そして、世界の平和と安定に貢献する」というならば、過去の多くの殉職隊員の遺志を継いで、世界の平和と安定に貢献するという決意を述べて欲しかった。

 一方の志位だが、こいつは多少は歴史を知ってるのかと思いきや、ポツダム宣言を引用、首相に日本の戦争について「間違った戦争」と認めるかと質問。
 
 日頃「反米」を唱えている共産党が、こと大東亜戦争に於いては「太平洋戦争」の認識であり、米国の歴史認識に従ってることを嗤わずにはいられない。

 志位にとっては、ポツダム宣言の内容を読んでるか、読んでないかが重要らしく、「歴史的文書を読んでなくて首相が務まるのか」とtwitterで勝ち誇ってツイートしているが、志位こそ開戦の勅諭を読んでるとも思えない(笑)

 「先の戦争は間違った戦争との認識はあるか?」と質問した。

 愚生ならばこう言おう。

 「先の戦争は間違いだった。歴史に“もし”ということはないが、日米が戦わず、蒋介石との和平が実現していれば満州国は保全されていただろうし、中華民国は中国共産党を圧倒していただろう。そうしていれば中国共産党の大躍進や文化大革命や天安門事件も起きなかったし、北朝鮮の独裁政治も拉致事件も起きなかったと思うと、そういう意味では先の戦争とは間違った戦争だったなと思う」

 左翼共は「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と呼称し、「侵略戦争であり、アジアの人々に多大の迷惑を掛けた」と罵る。

 先の戦争の原因を「天皇」であるとか、「軍部」であるとか、「A級戦犯」であるなどと喧伝しているのは、無知に加え、大戦の原因や犯人を隠し続けたいからに他ならない。

 戦争犯罪人は大日本帝国憲法でもなく、統帥権でもなく、況して軍部でもなければ日本の軍国主義でもない。

 真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義思想が昭和の悲劇を生んだということは今や歴史的事実である。

 多くの戦死者、戦災者を出し、日本の資産の大部分を失った大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本の共産主義者らが仕組んだ共産革命の為の愚かな戦争だったのだ。

 その視点に立った時、我々は何を成すべきか。

 大東亜戦争自体、恥ずべきものではない。我が国はアジアを侵略したのではなく、アジアを侵略していた連合国と戦ったのだから。

 それでも未だアジアの人々に謝罪をする必要が足りないというなら、最大の過ちは共産主義の跳梁跋扈を許したことであり、最大の償いはその共産主義を失くすこと以外にはなく、先の戦争の教訓を活かす意味でも、戦いに負けることがあってはならず、備えは万全にしておかなければならない。

cordial8317 at 05:40│Comments(0)

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