韓国国会、日本国総理大臣を名指しで糾弾する決議を採択戦争を誘発する大きな原因の一つは、アンディフェンデッド・ウェルス(無防備の害)

2015年05月15日

安保法案閣議決定。見直すべきは集団的自衛権の行使云々ではなく自衛隊の存在である!

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 政府は昨日、安全保障関連法案を閣議決定し、安倍首相は記者会見でその趣旨と意義を説明した。概ね理解出来る内容だったと思う。

 この閣議決定を受け野党は一斉に反発しているが実に分かり易い。安倍の説明より、野党の反論にこそ安保法案の真意が隠れているのではなかろうか。

 民主党代表の岡田は、「平和憲法の根幹は海外で武力行使をしないことだが、今回の閣議決定はそれを変え、限定的とは言え集団的自衛権を行使する」と指摘している。

 冒頭から「平和憲法」と宣ってること自体オメデタイが、我が国に「平和憲法」なんていう代物はなく、在るのは日本国憲法であり、その平和主義は別に我が国だけが明記している訳でもない。

 第九条の「戦争放棄に関する条項」は、世界大戦後に国連が勧めた「不戦条約」がその源であり、米国、英国、仏国、伊国など多くの国が締結している。

 しかし、戦争放棄の国際条約を結んでから、世界は皮肉な事に条約とは全く正反対の道を歩んで往ったのだ。

 平和主義を憲法で謳っている国は80ヶ国以上も在り、イタリア、スペイン、ハンガリー、エクアドル、フィリピンは日本と同じ規定が在る。

 「世界で唯一の平和憲法」というのは無知と驕りでしかない。

 共産党の志位は、徹底した国会論戦を挑む決意を示し、「戦後最悪の憲法破棄の企てだ」と非難する。

 だが、戦後、現憲法が蹂躙された件は他にもある。例えば、昭和47年9月29日、田中角栄は、「日中共同声明」に調印。中国共産党を唯一の政府であると認め、一方的に「日華国交条約」を破棄した。

 田中の行為は終戦間際に「日ソ中立条約」を一方的に蹂躙したロシアの蛮行と同じであり、決して赦されるものではない。

 「日華国交条約」の破棄は明らかな日本国憲法98条違反であり、締結していた条約の蹂躙は道義国家日本が失墜した象徴でもあるが、護憲を唱える共産党がこうした憲法破棄に異論を唱えたことも無い。

 他の野党も同じ様に、口ではキレイゴトを訴えてはいるが「国防」ということを理解しての内容ではなく、全てが党利党略、党勢拡大を見据えての「反対の為の反対」でしかない。

 我が国を取り巻く情勢や近隣アジア周辺の緊張は正に中国共産党による覇権主義によって脅かされており、これに対抗するには、憲法改正という手順を踏んでいる余裕は無いと判断した安倍の認識は間違ってはいない。

 日本国憲法が矛盾だらけというのは余程のバカではない限り理解しているだろう。

 だが、如何せん、政治家の無能と怠慢、無作為によって憲法改正どころか憲法論議も儘ならず、党利党略が優先され国民不在の政争が繰り返されて来たのである。

 自民党の党是である新憲法の制定や、正統保守主義者からの帝国憲法の復元・改正なんぞ夢のまた夢。最早、なし崩し的なものでしか実質的な改憲は出来なくなってしまっていることは実に情けないことだ。

 抑々、自衛隊という存在そのものも憲法解釈によって正当化され、自衛隊法などによって合法化されている存在でしかない。

 旧社会党が自衛隊を「違憲だが合法」と言ったのは誰もが知るところだが、自衛隊は現行憲法下では悲しいかな憲法違反の存在なのだ。

 9条第2項の、「前項(第1項)の目的を達成する上で陸、海、空の戦力は保持しない」という条文を読めば、小学生でも自衛隊が違憲の存在であることが分かる。

 自衛隊が未だ「警察予備隊」のまま放置され続けているのは正に政治家の怠慢と言う他はなく、「集団的自衛権の憲法解釈」などという目先の誤魔化しで、またもあやふやな存在として放置し続けて好いとは思えない。

 見直すべきは集団的自衛権の行使云々ではなく自衛隊の存在である。

 自らの国家の防衛をも否定する矛盾だらけの現憲法を見直し、違憲状態の自衛隊を「国軍」とすることに何を、何に躊躇し、誰に憚るというのか。

 国会論戦は大いに結構なことだが、憲法の解釈というより、もっと踏み込んで現憲法と自衛隊の設立過程と存在というものについて真剣に議論し、今後の我が国の「国防」の在り方を真剣に考えて行かねばならないのではなかろうか。

 三島由紀夫はその「檄」において、「最も名誉を重んずるべき軍が、最も悪質な欺瞞の中に放置され・・・国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず」と喝破した。

 公明党は、「憲法解釈の変更をしなくても国民の生命と財産は守れる」などと宣っていたのを見れば、自衛隊の存在というのは、三島が憂いた「警察の物理的に巨大なものとしての地位」の立場の儘であるということなのだ。

 「国民の生命と安全を守る」というのもこれと同じで、「生命と安全」を守るのは本来、警察であり、国軍としての自衛隊が護るべきは国柄であり、畢竟、皇統である。

 そう考える時、自衛隊は国軍であり、皇軍で在らねばならないのだ。

 集団的自衛権に対する憲法解釈どころか、これは「なし崩し的改憲」という代物であり、こうしたカタチで憲法蹂躙が実行されている状況は、最早、現憲法は国の最高法規として機能していない証左でもある。

 「国防」を語る上で、出来ることなら堂々と「現憲法無効宣言」をし、正統な帝国憲法を復元・改正を図った方が、国民にも分かり易いし、何より国防の充実はアジアの平和と安定に大きく寄与することに繋がるだろう。

 それにしても、自らの国を自らで護る議論さえも憚れる我が国というものは、世界からは実に摩訶不思議な奇異な国に見えているに違いない。目覚めよ、日本人!

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cordial8317 at 07:57│Comments(0)

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