代替エネルギーを議論しない原発の賛否は、自主防衛を言わない沖縄での米軍基地の賛否と同じ嘗ての植民地民族にとって、正に昭和天皇は救世主であらされた

2015年04月28日

今日は「主権回復の日」。真の独立を祈念する日にしなければならない

 本日は「主権回復の日」。昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、主権が恢復した日であり、今日こそが「終戦記念日」であろう。

 名目的には大東亜戦争が終結し、主権が恢復した日なのではあるが、未だに続く米国依存、米国追随の体質をみれば「主権恢復」とは名ばかりで、敗戦から抜け出たとは言えない悲しい現状が続いている。

 昭和27年4月28日、同日、「日米平和(旧日米安保)条約」が発効する。更には、昭和35年「日米の相互協力及び安全保障条約(新日米安保条約)」が発効したことに伴い「日米平和条約」は失効する。

 この戦後の歴史的事実こそが、日米関係の日米関係たる所以である。

 「国防」という国家の大本を忘却し、まやかしの平和を貪り続け、魂亡き繁栄に現を抜かす根源こそが「日米安保条約」であり、安保条約の解消無くして真の独立は果たせない。

 今日、安倍総理は日米首脳会談に臨み、「日米共同ビジョン声明」し、明日、米議会上下両院合同会議で記念演説を行う。是非とも「主権回復の日」に相応しい米国からの独立を示唆する様な名演説をして欲しいものである。

 前回のオバマ大統領との日米首脳会談でのは、「尖閣条項」の明記に固執していたが、これ正に日米関係強化というより単なる隷属であり、「国防」というものをを如何に理解していないかが露呈された。

 「国防」無くして真の主権回復など在り得ず、「国防」とは領土の防衛だけではない。

 三島由紀夫は、「国防とは、それを失ってしまえば日本では無くなってしまうものを死守することに在る」と訓えているが、蓋し正論であろう。

 簡単に言えば、諸悪の根源である現憲法を破棄し、米国依存体制から脱却を図り、国防体制を確立せねば完全な独立と主権の快復は成されないということである。

 終戦後、占領下だった昭和21年から主権回復後の29年まで、昭和天皇は全国を行幸遊ばされ、国民を励ましになられたのは誰もが知るところ。

 我が国の歴史を繙けば、仁徳天皇は、高みから民の竈の煙をご覧になられ、明治天皇は日露戦争の最中、前線の兵たちと同じ食事を所望されたという。

 昭和天皇も東京大空襲で皇居へ被害が及ぶ中、御所に止まり、国民とその苦難を分かち合った。今上陛下もまた斉(ひと)しい。

 陛下は常に国民と共に在り、国民と共に在りたいとの大御心に、改めて日本に生まれたことに感謝せずにはいられない。

 「君民一体」こそが、これ我が国體の精華なのであり、つまり、我々日本人が護るべきものは平和や国民の生命や財産だけに非ず。死守すべきは日本という国柄や国體であり、「皇統」である。

 米国製のインチキ憲法を有難がり、米国の価値感にどっぷり浸っているが、米国への依存体質が続くのと比例して、我が国の国柄と矜持が失われて行く様をこのまま拱手傍観してていい筈がなかろう。

 戦後の沖縄占領や米軍基地の存在と沖縄の苦しみも、歪な日米関係が齎したものだ。米軍基地を追い払うのは結構なことだが、その前に自主防衛の確立と自衛隊の強化を図らねばならない。

 主権回復の日の今日、現憲法の問題や矛盾点を再認識し、「国防」を考え、真の独立を祈念する日にしなければならない。

 すめらぎいやさか

cordial8317 at 07:20│Comments(0)

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