歴史の中に未来の秘密がある。変化こそ唯一の永遠である!夫婦別姓は、それ自体が目的ではなく戸籍制度そのものの崩壊が目的である

2015年02月19日

皆さんは、「らしく」生きていますか?

 日本人は勤勉な国民だと言われて来た。

 何故に勤勉なのかと問えば、多くの人は「貧しかったから」だと答える。

 だが、日本より貧しい国は沢山在ったが、それらの国民も勤勉かといえばそうとは限らない。

 日本人の美徳とされたものに、「勤勉と貯蓄」というものがある。

 それを提唱し、生活思想にまで高めた人物が石田梅岩(いしだばいがん)である。

 「学者(学ぶ人)は、知識よりも心を磨くことを先にしなければならない。心を磨けば自らの行いを慎み、自らの行いを慎めば『礼』に合致し心は安らかとなる。心の安らかなのが『仁』である。仁は天に備わる根本の『気』である。天の気は万物を生み出して養育する。この心を会得することが学問の初めであり終わりでもある」

 石田梅岩は「石門心学の祖」といわれているが、この「石門心学」は国民には余り知られていない。

 武士も大名も梅岩に学んだが、梅岩自身が商人の出ということもあり「町人哲学」といわれ、今日でも関西では「事業に行き詰まったら梅岩を読みなはれ」と言われ、「都鄙問答(とひもんどう)」と「斉家論(せいかろん)」は経営者のバイブルとなっている。

 江戸時代にあって商人は「士農工商」の最下位に置かれ「金儲け=賤しい」と軽蔑の対象にあった。

 商人の役割について「余ったものを足りない所に送り、社会全体を過不足なくすることだ」といい、倹約の公共的な経済効果を打ち出した。

 これは現在も同じこと。景気低迷の一因には、経営者らは倹約はすれど、その余った分を足らない所へ送らず、自分の所に留めてしまっていることが挙げられる。

 最近の経営者というものは目先の儲けばかり考えて、また儲けたカネは身の回りだけで使ってしまうから経済が上手に廻らなくなる。

 要は、吝嗇家の経営者が多過ぎるということだ。

 昔の企業家というのは営利よりも、先ず日本の将来や国民の幸福を重んじていたのだが、今は米国の自由主義経済に毒され、梅岩の唱えた経営論は疎んじられる様になってしまった。

 企業人とはやはり社稷を重んじることこそ大事。

 だが、悲しいかな我が国の経済界は正に、財閥富を誇れども社稷を想う心なし。

 我が国の景気低迷の一因は経済人の心の乏しさに起因していることも多く、上杉鷹山の「心の赤字の解消」もそうだが、梅岩の経済理論も啓蒙すべきだ。

 日本再建を図る上で真の保守政治家を育てることも大事だが、社稷を重んじる経済人を育むことが日本再建の鍵となるのではなかろうか。

 梅岩の教えの終局の目的は、日常生活の仕事を通して人格修行をする処に在った。

 その答として、梅岩は「ボウフラは人を刺さない。だが蚊になれば人を刺す。これは蚊に人を刺してやろうという心があるからだ。また蛙は蛙だから蛇を怖がる。つまり全ては心が決める」と独自の見解を述べた上で更にこう付け加える。

 「即ち心とは形となって表れる。何かの形は、そのものの心を表している。従って正しい行いをしたければ、先ず正しい心を持たねばならない」

 これが梅岩の「心学」と云われる所以である。

 そこで得られる結論は、簡単に言えば「らしく」ということだ。

 武士は武士らしく、農民は農民らしく、商人は商人らしく、夫夫の形に合った道があり、その役割と責任を果たすことによって、社会の秩序安寧を保つというものである。

 つまりは、政治家が経営者の様に、先生が生徒の様に、右翼がサラリーマンの様に生きてはダメだということだ。

 政治家は政治家らしく、経営者は経営者らしく、先生も先生らしく、サラリーマンはサラリーマンらしく、右翼は右翼らしく生きることこそ肝要。

 「自分らしく」生きる。

 日本人の勤勉さは、先人のこうした教えによるものを連綿と受け継いでいる。

 まぁそんなとこで、皆さんは「らしく」生きてますか!

cordial8317 at 05:10│Comments(0)

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