JA全中の政府介入は米国からの要望でありTPP参加への忠誠である曽野綾子のコラムへの言いがかりこそ差別そのものだ

2015年02月13日

神道とは日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である

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 紀元節の日、地元の開成山大神宮に参拝し、神武肇国の精神を偲ぶと共に、陛下と皇室の弥栄と、併而心願成就を祈念した。 

 開成山大神宮の御祭神は「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」「豊受大神(とようけのおおかみ)」「神倭伊波禮彦命(かむやまといわれひこのみこと:神武天皇)」

 安積開拓民の精神的な拠り所にと、福島県の典事・中條政恒が伊勢神宮の分霊の奉遷を神宮司庁へ働きかけ創建された神社だ。

 名称は「開成山大神宮」だが、本来は、福島県が「岩代の国」と呼ばれていたということもあり「岩代大神宮」を希望した。

 だが、「伊勢神宮」と同じ様に旧国名を冠することに明治新政府が難色を示し、「開成山大神宮」となった。

 こうした経緯があることは余り知られてはいないが、もしも「岩代大神宮」だったらと思うと岩代町出身者としては惜しい哉。

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 安積(郡山)の地というのは、明治以降、地元の二本松藩を始め、会津、棚倉。近県からは米沢藩。四国からは土佐と松山藩。山陰からは岡山、鳥取藩。九州から久留米藩の方々が入植して開拓した地だ。

 中でも一番多かったのは九州久留米藩で、郡山弁に「そうだばい」「んだばい」とか、言葉尻に「ばい」を遣うのはその名残だろう。

 今の様に交通の便が無い時代、九州や中国・四国地方から徒歩で数百、千数百キロを歩いて来たことを思うと実に感慨深い。

 右翼現役時代には、初代総隊長が殊の外、紀元節を重んじていたこともあり明治神宮への参拝は欠かさなかった。

 だが、平成16年、陛下の御親拝なされる際の関係者への案内状のミスを理由に神社本庁から離脱し「宗教法人」となって以降の明治神宮参拝は中止した。

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 明治神宮は周知の通り、国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社であり、それを私物化し、営利至上主義に奔っている現状は正に憂慮すべき事態である。

 神職に携わる者が営利に奔り、神社庁の主導権争いから、神社庁に属さなくても独立採算出来るというその姿勢は醜く、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社としては不謹慎過ぎる。

 靖國神社の「宗教法人」とは全く趣旨が違うのだ。

 靖國神社や全国の護国神社が「宗教法人」となっているのは、戦後GHQの「神道指令」を免れる為に、御祭神を別なものにしたりして已む無く採った先人の智慧である。

 靖國神社には経典はなく、英霊は教祖でもない。唯々、御祭神を顕彰をする社である。

 本来ならば昭和27年4月28日の主権快復の折に、宗教法人格を解除し国が護持すべきだったのだが、未だ宗教法人として放置され続けていることは、政治家の怠慢と不作為以外の何ものでもない。

 明治神宮が神社本庁から離脱し一宗教法人となったことは、明治神宮が創建された趣旨から鑑みても逸脱するものだ。

 況してやGHQが実行した「神道指令」を容認するものであり、こうした営利主義は蔓延する拝金主義を助長する。

 右翼陣営がこうしたことに猛省を促すことも苦言も呈することなく、明治神宮に参拝することは、明治神宮の愚行とGHQの戦後政策を赦すことでもあると思うが如何か。

 宗教法人の規定は「教祖」と「経典」と「布教活動」の三条件が必要。宗教法人でもないので信仰の対象というものでもない。

 神道とは日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である。

cordial8317 at 05:40│Comments(0)

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