「2月7日は北方領土の日です」という欺瞞を糺す!神武肇国の大理想「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進せよ!

2015年02月10日

本日は日露戦争開戦記念日。明治人の気概と誇りに学ぶべし!

Nichirojp
 本日2月10日は、日露戦争の開戦記念日である。開戦記念日というと大東亜戦争の12月8日を思い出すが、2月10日は日露戦争の宣戦布告がなされた日なのである。

 1904年2月6日、外務大臣小村寿太郎は当時のロシアのローゼン公使を外務省に呼び、国交断絶を言い渡した。紀元節前日を開戦記念日とし、ロシアと干戈を交えることとなった。

 何故に日露戦争に至ったかは、ペリーが浦賀に来航し、その後に起こった明治維新や日清戦争、当時の世界情勢を知る必要があるが、我が民族の生死を賭けた戦いが行われたそうした記念日を忘却してしまったところに、現代を生きる我々の悲劇があるのではなかろうか。

 日露戦争開戦記念日に当たり、明治天皇の御遺徳と明治人の気概と誇りに今を生きる日本国民として唯々感謝せずにはいられない。

 明治維新を成し遂げた我が国は近代国家の建設を急ぐ。隣国の李氏朝鮮はその意味も分からず、日本を蔑視し、朝貢国であった清から独立を果たすことはなかった。

 当時、我が国ではロシアに対する安全保障上の理由から、朝鮮半島を勢力下に納める必要との意見が大勢を占めていた。

 だが、朝鮮を属国としていた清と、朝鮮に独立を促す日本との間で「日清戦争」が勃発する。その戦いで我が国が勝利するも朝鮮は独立を果たさず、更には清国も崩壊し、各国に蚕食されることとなって行った。

 日清戦争後、戦利品として台湾・澎湖諸島・遼東半島を割譲されるが、ロシア、フランス、ドイツからの所謂「三国干渉」によって遼東半島は清に返還されることとなる。(因みに「台湾、澎湖諸島は未だ日本領」という意見があるが、こうしたことが論拠であり、台湾は国際法上は未だ日本領であろう)

 ところがロシアは「露清密約」を結ぶと、三国干渉によって日本に放棄させた遼東半島の強奪を謀り、半島の南端に位置する旅順・大連を租借し、旅順に太平洋艦隊の基地を造り、満洲への進出を謀った。

 明治33年(1900)、清で発生した義和団の乱(義和団事変、事件)の混乱収拾を理由にロシアは満洲へ侵攻し、全土を占領下に置くこととなっていった。

 政府内では伊藤博文ら日露戦争回避派が大勢を占めていたが、徐々に「ロシアとの開戦已む無し」の声は大きくなり、明治37年(1904)2月8日、旅順港にいたロシア旅順艦隊に日本海軍駆逐艦が奇襲攻撃し、日露戦争の火蓋が切られ、一年半に及ぶ戦いが始まった。

 同日、日本陸軍先遣部隊が朝鮮の仁川に上陸。翌9日、仁川港外にて同地に派遣されていたロシアの巡洋艦ヴァリャーグと砲艦コレーエツを攻撃し自沈に追い込んだのが「仁川沖海戦」である。

 その後、「黄海海戦」「遼陽会戦」「旅順攻略」「奉天会戦」という生死を分ける戦いが行われ、「日本海海戦」で我が国が起死回生の劇的大勝利を収めるのだ。

 「樺太攻略」も日露戦争の延長であり、樺太を全占領し、その後の「ポーツマス条約」の講和によって南樺太が我が国に割譲されることとなった。

 この事実をしても、現在の「北方四島」という返還運動が如何に欺瞞に満ちたものであるかが分かるというものだろう。

 世界最大の軍事大国ロシアとの一年半にも及ぶ強国との大戦に、我が国は奇跡的とも言える勝利を収め、極東小国日本の存在を世界に知らしめた。

 日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させた。

 我が国の勝利は、ロシアから占領・弾圧されていたフンランド、トルコ、ポーランドといった国々や、有色人種と差別されていた民族にとって、国と民族の存在を決定的に変える影響を齎したのである。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れが、日露戦争の勝利によって大きく変化し、全世界の有色人種に与えた影響は強烈なものであった。

 印度のガンジー、ビルマのオマッタ、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャなど挙げれば限が無いが、世界の各地で日本の勝利に狂喜し、有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がって行った。

 米国でも、日露戦争後に黒人に人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなり、黒人誌「インディアナポリス・フリーマン」は当時、次の様な社説を掲げた。

 「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするには、もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、遂に今突き崩され様としている」

 それから15年後、パリ講和会議に於いて我が国は、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行った。

 全権使節団が、パリに向かう途中、ニューヨークに立ち寄った折に、黒人指導者4人が「世界のあらゆる人種差別と偏見を無くす事に尽力して欲しい」という嘆願書を全権団に提出した。

 しかし乍ら、こうした願いも空しく、米国大統領ウイルソンが議長を務めるパリ講和会議で拒絶されていまうのである。

 日露戦争が齎した歴史的課題の本格的実現は、大東亜戦争を待たなければならないのであるが、我が国は敗れはしたが、大東亜戦争後に「人種平等の原則」という歴史的使命は果たされたことを見ても、先の戦争の大義は明らかだろう。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な出来事が、何故か我が国では余りにも軽く扱われている。だが、これら先人の誠心こそ、民族の魂の記憶として、誇り高く永く後世に継承して往かなければならないのだ。

 明治人は国家主権快復の為に気概と誇りを以て爽やかに戦った。今こそ我々は、道徳に優れ、教養と武士道精神に長けていた明治人のその覇気に学ばねばならない。

cordial8317 at 08:05│Comments(0)

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