2015年02月11日
神武肇国の大理想「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進せよ!
本日2月11日は「建国記念の日」、戦前には「紀元節」として国民挙って奉祝した。
紀元節は、「日本書紀」が伝える神武天皇の即位日とされている「辛酉年春正月、庚辰朔」に由来し、1873年(明治6年)に、2月11日と定められた。
現在の祝日法には、「建国を偲び、国を愛する心を涵養する日」と記されている。
戦前は四方節(元旦)、紀元節、天長節、明治節は「四大節」として、宮中皇霊殿で天皇親祭の祭儀が行われ、各地で神武天皇陵の遙拝式も行われた。
だが、現在は紀元節の祭祀だけが行われていない。これ即ち、未だ戦後占領政策であった「神道指令」から解放されていない証左である。
早急に宮中での祭儀が行われる様に見直すべきであり、安倍が掲げる「戦後レジームからの脱却」とはそういうことではないのか。
昨日は「日露戦争開戦記念日」だったが、我が国と我が民族の命運を賭けて戦った記念日であることを知る日本人が少ないのは悲しいことだ。
歴史を忘却するということは、その国に生まれし民族として生きることを否定しているのと同じである。
今を生きる日本人に必要なことは、国家民族の最も基盤となるべき自己本来の教えである神道を正しく認識する必要があると考える。
それには、紀元節の由来となった日本書紀を始め、古事記、万葉集、古今集、源氏、平家物語などの謂わば神道の経典ともいうべき古典に触れるべきであろう。
欧米人からキリスト教を取り去ったら欧米人で無くなる様に、日本人から神道を取り除いたら日本人では無くなってしまうのだ。
正に神道なくして日本なし。
日本の発展の謎が神道にあるのに、国民の中には未だ「神道指令」に怯え、神道を戦犯扱いし、拒否する勢力があるのは実に愚かなことである。
米国の教科書でも「イザナギ」「イザナミ」の国生み神話と三種の神器が絵入りで教えられ、日本は「神の国」で、国名は「日の神」である天照大御神の太陽信仰に由来すると教えている。
正に我が国は「神の国」なのだが、以前、森総理が「日本は神の国だ」と発言しバッシングを受け自任させられたのは記憶に新しい。
明治22年2月11日、大日本帝国(欽定)憲法が発布されると、全国各地の神社では紀元節祭を行うこととなり、青年団や在郷軍人会などを中心とした建国祭の式典が各地で盛大に開催されることになった。
だが、終戦後の昭和22年、日本国憲法にふさわしい祝日の法案に紀元節が「建国の日」として盛り込まれていたが、連合国軍最高司令官総司令部により削除された。
我が国が主権を回復した昭和27年4月28日、「紀元節復活運動」が起きる。
昭和33年に国会へ紀元節に関する議案を提出。昭和41年に祝日法が改正され、翌年2月11日に漸く「建国記念の日」として実施され今日に至っている。
本日は全国各地で、神武天皇陵の遙拝式や奉祝パレードが行われるが、世の中には捻くれた日本人らしからぬ輩も多く存在するのも確か。
「建国記念日は科学的根拠がない」「軍国主義復活反対」などとして、共産党を始めとした売国団体が「奉祝反対」の催しを行うのだ。
誤憲(護憲)を叫ぶ連中が、憲法に基き制定された記念日を否定しているのは嗤えるが、連中の「科学的根拠が無い」とする論拠が、歴史学者としての三笠宮崇仁殿下の発言なのだから困ったものだ。
殿下は、「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」と皇居皇霊殿での祭祀に反対しているのは誰もが知るところ。これ即ち、殿下が「赤い宮様」と言われる所以でもある。
左翼は己らの利益に繋がると見るや、こういったことをも利用し、国民世論や大衆を煽動するのは常套手段であり、決して与してはならない。
誰もが誕生日を祝うのと同じ様に、国の誕生を祝うのは当然であり、民族の信念と道統を受け継ぎ、これを護持し、これを宣布し、そして子孫に伝える責任と使命を有する者、それは我ら日本人であることは言うを俟たない。
建国記念日に当たり、「建国を偲び、国を愛する心を涵養する」とは如何なることか。
日本人は自分の国を「穏やかな平和の国」と無意識に思っている。
日本人が持つべき愛国心というものは大和の心(大和魂)であり、つまり、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬の恵まれた自然に逆らわず調和して暮す従順な心である。
軽薄な愛国心より、先ずは国の成り立ちを教え、大和心を涵養すべきなのだ。
八紘を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ。国民よ、神武肇国の大理想「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進せよ!
紀元節は、「日本書紀」が伝える神武天皇の即位日とされている「辛酉年春正月、庚辰朔」に由来し、1873年(明治6年)に、2月11日と定められた。
現在の祝日法には、「建国を偲び、国を愛する心を涵養する日」と記されている。
戦前は四方節(元旦)、紀元節、天長節、明治節は「四大節」として、宮中皇霊殿で天皇親祭の祭儀が行われ、各地で神武天皇陵の遙拝式も行われた。
だが、現在は紀元節の祭祀だけが行われていない。これ即ち、未だ戦後占領政策であった「神道指令」から解放されていない証左である。
早急に宮中での祭儀が行われる様に見直すべきであり、安倍が掲げる「戦後レジームからの脱却」とはそういうことではないのか。
昨日は「日露戦争開戦記念日」だったが、我が国と我が民族の命運を賭けて戦った記念日であることを知る日本人が少ないのは悲しいことだ。
歴史を忘却するということは、その国に生まれし民族として生きることを否定しているのと同じである。
今を生きる日本人に必要なことは、国家民族の最も基盤となるべき自己本来の教えである神道を正しく認識する必要があると考える。
それには、紀元節の由来となった日本書紀を始め、古事記、万葉集、古今集、源氏、平家物語などの謂わば神道の経典ともいうべき古典に触れるべきであろう。
欧米人からキリスト教を取り去ったら欧米人で無くなる様に、日本人から神道を取り除いたら日本人では無くなってしまうのだ。
正に神道なくして日本なし。
日本の発展の謎が神道にあるのに、国民の中には未だ「神道指令」に怯え、神道を戦犯扱いし、拒否する勢力があるのは実に愚かなことである。
米国の教科書でも「イザナギ」「イザナミ」の国生み神話と三種の神器が絵入りで教えられ、日本は「神の国」で、国名は「日の神」である天照大御神の太陽信仰に由来すると教えている。
正に我が国は「神の国」なのだが、以前、森総理が「日本は神の国だ」と発言しバッシングを受け自任させられたのは記憶に新しい。
明治22年2月11日、大日本帝国(欽定)憲法が発布されると、全国各地の神社では紀元節祭を行うこととなり、青年団や在郷軍人会などを中心とした建国祭の式典が各地で盛大に開催されることになった。
だが、終戦後の昭和22年、日本国憲法にふさわしい祝日の法案に紀元節が「建国の日」として盛り込まれていたが、連合国軍最高司令官総司令部により削除された。
我が国が主権を回復した昭和27年4月28日、「紀元節復活運動」が起きる。
昭和33年に国会へ紀元節に関する議案を提出。昭和41年に祝日法が改正され、翌年2月11日に漸く「建国記念の日」として実施され今日に至っている。
本日は全国各地で、神武天皇陵の遙拝式や奉祝パレードが行われるが、世の中には捻くれた日本人らしからぬ輩も多く存在するのも確か。
「建国記念日は科学的根拠がない」「軍国主義復活反対」などとして、共産党を始めとした売国団体が「奉祝反対」の催しを行うのだ。
誤憲(護憲)を叫ぶ連中が、憲法に基き制定された記念日を否定しているのは嗤えるが、連中の「科学的根拠が無い」とする論拠が、歴史学者としての三笠宮崇仁殿下の発言なのだから困ったものだ。
殿下は、「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」と皇居皇霊殿での祭祀に反対しているのは誰もが知るところ。これ即ち、殿下が「赤い宮様」と言われる所以でもある。
左翼は己らの利益に繋がると見るや、こういったことをも利用し、国民世論や大衆を煽動するのは常套手段であり、決して与してはならない。
誰もが誕生日を祝うのと同じ様に、国の誕生を祝うのは当然であり、民族の信念と道統を受け継ぎ、これを護持し、これを宣布し、そして子孫に伝える責任と使命を有する者、それは我ら日本人であることは言うを俟たない。
建国記念日に当たり、「建国を偲び、国を愛する心を涵養する」とは如何なることか。
日本人は自分の国を「穏やかな平和の国」と無意識に思っている。
日本人が持つべき愛国心というものは大和の心(大和魂)であり、つまり、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬の恵まれた自然に逆らわず調和して暮す従順な心である。
軽薄な愛国心より、先ずは国の成り立ちを教え、大和心を涵養すべきなのだ。
八紘を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ。国民よ、神武肇国の大理想「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進せよ!
cordial8317 at 05:29│Comments(0)
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