歴代自民党政府が尖閣諸島領有権の棚上げ容認をしてたことがバレた!人日(じんじつ)に七種菜羹を食べると万病を逃れるという言い伝え

2015年01月06日

終戦70年の首相談話に「反省」を盛り込むというが

 伊勢神宮を参拝した安倍首相は年頭の記者会見を行い、今年発表する戦後70年の首相談話に、第二次世界大戦への「反省」を盛り込む意向を明らかにした。

 大東亜戦争の開戦の詔勅を拝すれば、我が国が戦う意味を簡潔に述べられているし、終戦の詔勅も同じこと。敗戦したことへの反省なら理解も出来るが、「村山談話を含め歴代内閣の立場を全体として引き継いでいく」とは開いた口が塞がらない。

 村山談話は、韓国の「日帝36年の植民地支配」を認めたものであり、これらを踏襲するということは、「日韓併合は植民地支配である」と認めることだ。

 終戦50年で「侵略戦争」と断じて謝罪した細川護煕然り、歴史の検証もせずに過ちを認め「反省」することは我が国歴史の捏造であり、先人への冒涜である。

 韓国は口を開けば「日帝36年」などと日韓併合を批判するが、日韓併合は侵略でもなければ植民地支配でもない。日韓併合は「万国平和会議」で議論され、当時出席していた世界の国々の満場一致で「日韓併合」が可決されることとなったのだ。

 三等国家の韓国が、独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ず、我が国からの協力があって初めて韓国人は日本人として文化的生活を得られたのである。

 1853年、ペリーの黒船が来襲し、我が国はこれに対抗する為に、強力な中央集権国家形成を目指した。それが「明治維新」であり、ペリー来航から僅か15年ほどで体制を整えた。フランスやドイツが国家形成に至るまで100年以上の年月がかかったことを考えてみても、僅かな期間で維新に成功したことに驚嘆すると共に、日本人としてこの様な賢い国に生まれたことを心から感謝せずにはいられない。
 
 明治維新を経て「日本」の建国を世界に宣言した後に、隣の大韓民国にも清からの独立を促した。だが、清国の属国で朝貢国であった李氏朝鮮は我が国からの進言を拒否する。それにも況して世界を見る目も力も無かったのは歴史が証明している。

 我が国からの大韓民国独立の進言に怒った清は我が国との戦争に踏み切った。それが日清戦争である。世界中の誰もが開国間もない日本の勝利など考えてはいなかった。だが、我が国が勝利し、台湾、澎湖諸島、遼東半島を割譲され、我が国の領土となるも、ロシア、フランス、ドイツの「三国干渉」により頓挫する。

 清国の領土もまた敗戦に由って、巨大な空き地と化し、世界の国々に蚕食されることとなった。巨大国家ロシアも清国崩壊と共に南下政策を執り、日清戦争で割譲された遼東半島をロシアが侵略するに至り、更にロシアは韓国にも触手を伸ばしたのである。当時、韓国独自でロシアと対峙することなど到底無理なこと。

 寧ろ、日本に拠る韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったと言えよう。

 頑迷固陋な韓国は、その「日韓合邦派」や我が国からの意見に耳を貸すことはなく、あろうことか李王朝はロシア公使館に保護を求めたのだった。その後の「日露戦争」で我が国が勝利すると韓国の独立の機は失ったのは言うまでもない。

 韓国が非難して止まない「差別」と「弾圧」の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったのだ。例えば、日韓併合時に100校程しかなかった小学校を昭和17年には4945校に、中学以上の学校を470校に迄増やしている。これが差別であり弾圧でなかったのは明らかではないか。

 ハングルにしても、ハングルの使用を禁じていたのは李朝の王らで、彼らは諺文を禁じ、漢語漢字を使用した。日韓併合後、福沢諭吉が諺文と認字率を高める学校教育の普及を説き、今のハングルの礎を作ったというのが事実で、細川護煕が「朝鮮半島の方々は母国語教育の機会を奪われた」として謝罪したことは無知の極み。

 こうしたことでも日韓併合は侵略でもなければ植民地支配でもないことが分かるだろう。こうした悲劇こそが日韓関係の日韓関係足る所以であり、韓国国民こそ自らの責任を真正面から見つめ直すべきで、反省すべきは我が国ではなく韓国である。

 何故に我が国が、韓国や中共に気を遣わねばならないのか。細川や村山らの歴史認識の誤りを糺すことが政治家の務めではではないのか。残念ながら、戦後の70年が平和国家として歩んで来れたのは、日米安保条約に因る処が大きく、その実情はまやかしの平和でしかない。三島由紀夫は「檄文」の中でこう喝破した。

「我々は戦後の経済的繁栄に現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失い本を正さずして末に走りその場凌ぎの偽善に走り、政治は自己保身、権力欲、偽善のみに捧げられ国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されず誤魔化され、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰して行くのを歯噛みしながら見ていなければならなかった」

 国家百年の計を米国に委ねながら、また敗戦の汚辱を払拭せずして何が戦後70年、平和国家として歩んで来ただ。反省するならば、それら政治の怠慢を反省し、英霊や先人に反省し謝罪し、新たな国家百年の計をアジアや世界に発信すべきである。

 安倍は「侵略」という定義には難色を示しているというが、これも安倍御得意の保守派への取り繕いに過ぎない。また侵略の定義に疑義を呈せば中韓からの反発は必至だということで、村山談話の「痛切な反省」を踏襲するというから厭きれる。

 何故に中韓の顔色を窺うのか。我が国は中華人民共和国とも大韓民国とは戦ってはいない。当時の韓国朝鮮人も、日本人として共に連合軍と戦い、アジアの解放を成し遂げた訳で、況してや我が国が戦ったのは何度も言うが中華民国である。

 反省するならば、主権回復した昭和27年4月28日に締結した国際条約である「日華国交条約」を一方的に破棄し蹂躙したことだろう。その原因を作ったのは田中角栄であり、歴代首相の細川や村山、加藤、河野官房長官談話も全て「日中共同宣言」での田中の声明が元凶である。田中の共同声明の撤回は容易ではないだろう。

 その後の我が国の歴史認識の基となった田中の声明や、東京裁判の不当性の検証もせずにやる「戦後70年談話」ならやらない方がマシだ。正に現代日本は口先ばかりの不逞ばかりなり。これも戦後70年で培った平和ボケというものなのだろうか。

「平和ボケとは、まともな情報が流れてこなくて、娯楽ばっか与えられて、いつしかモラルすらこだわらなくなって、それを平和と思い込まされてて。水面下でうごめく危機に気づか無くて、いや気づか無いように教育されて。気が付けば、時すでに遅しの状態のこと」。フィフィのこのツイートは名言だと思う。目覚めよ、日本人!

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cordial8317 at 09:04│Comments(0)

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