「戦後のタブー」とは日本国憲法だけではないぞ!「遠きは花の香近きは糞の香」の喩え通り身近な者の意見は軽んじられる(笑)

2014年12月08日

「リメンバー・パールハーバー」、反省すべきは日本ではなく米国である

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 昭和20(1945)年9月2日、戦艦ミズーリの甲板上で、重光葵外相と梅津参謀総長が降伏文書に調印する。「上海爆弾事件」で右足を失った重光全権は、ステッキを頼りに義足を引き摺りながら喘ぎ喘ぎ上る。調印を前に一杯の水を所望するも冷たく拒否された。卑怯者の「ジャップ」にやる水などないという憎悪が目に見える。

 今も糾弾して止まない「リメンバー・パールハーバー」も、日本と日本人への偏見と差別なのだろうが、先の大戦の間違いを反省すべきは我が国に非ず、米国である。

 存在と存亡を賭けて戦った大東亜戦争。我が国は結果的に敗れはしたが、アジア諸民族の独立と復権を齎し、アジアの「希望の星」の役割は見事に果たしたのだ。

「日本のお蔭でアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産して母体を害なったが、生まれた子供はスクスク育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話が出来るのは一体誰のお蔭であるのか。それは身を殺して仁を為した日本というお母さんが在った為である。12月8日は、一身を賭して重大な決心をされた日であり、我々は決して忘れてはならない(タイのククリットプラモード首相)」

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 米国では12月7日(現地時間)を汚名の日「リメンバー・パールハーバー」とし、日本を卑怯な国として糾弾して止まない。戦後70年経とうというのに依然として我が国は「騙し討ち」の汚名を着せられ続け、日本人蔑視は止むことはない。

 日本が未だにこうした汚名を着せられ続けるのは、駐米日本大使が、宣戦布告の覚書を渡し遅れたことが原因で、外務省の職員の職務怠慢に他ならない。我が国は「騙し討ち」なんぞしてはいないが、「騙し討ち」そのものが問題ではない。

 問題は、抑抑、何故に我が国が開戦を決意し真珠湾攻撃に至ったかであって、それにはペリー来航時代まで遡り、アジアの近代史を学ばねば到底理解は出来まい。

 我が国は西洋列強に追いつくべく、強力な中央集権国家を形成しようと明治維新の大業を成し遂げる。15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せアジアは次々と列強に蚕食され植民地となる。その間に勃発した日清・日露戦争も我が国にとっても避けては通れない宿命的な歴史だったのである。

 日清戦争に勝利し、日露戦争でも勝利する。「日本大勝利」の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させた。中でも有色人種に与えた影響は強烈だった。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議で我が国は「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案する。然し、議長を務める米国大統領ウイルソンが否決。「有色人種に人権など必要無い」との差別が横溢していたのは明らかだった。

 その後、世界は第二次世界大戦に突入する。黄禍論渦巻く中で、連合国は我が国に対し「ABCD包囲網」を敷き、そして最後通牒である「ハルノート」が突き付けられる。我が国の生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断に至ったのだ。

 昭和26年(1951年)、元連合国軍最高司令官のマッカーサーが上院軍事外交委員会で、「日本が戦争に飛び込んで行った動機は、安全保障の必要に迫られた為である」と証言した。大東亜戦争が自存自衛の為の戦いだったことが証明された瞬間だった。戦争後、アジア諸国や世界の植民地国は解放され「人種平等の原則」の大義は成立した。その事実をしても、先の大戦は如何に聖戦だったかが理解出来よう。

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 また、12月8日は、嘗ての先輩であり、兄であり、上司でもあった對馬則政の命日でもある。やはり12月8日は忘れられない。南無大師遍照金剛。合掌

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cordial8317 at 05:16│Comments(0)

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