「リメンバー・パールハーバー」、反省すべきは日本ではなく米国である贔屓し過ぎて、反ってその人の迷惑になってはいませんか?

2014年12月09日

「遠きは花の香近きは糞の香」の喩え通り身近な者の意見は軽んじられる(笑)

「預言者は郷里(世)に容れられず」という言葉がある。優れた人物というのは、世の中では受け容れられないことが多いという喩えだ。批判というのは往往にして嫉妬からのものが多く、出世したりすればヤキモチを焼くのは人間の性というものだろう。見方を変えれば、批判や嫉妬というのは実力を認めてる裏返しでもある。

「人は故郷を離れて貴し」とか「 近くの坊さんえらくない」という諺もあるし、「遠きは花の香、近きは糞(クソ)の香」という喩えもある(笑)

 身近な者や身近な人の意見というのは中々耳に入ることも少なく、近くの神社仏閣というのも身近過ぎて有難く感じないもので、軽んじられることが多い。だが、その軽んじられてる意見が正論だったり、事実だったりするものだ。

 キリストは愛を説いて十字架に、日蓮は道を説いて流罪に遭った。政治家も偉いヤツほど殺されている。古来、審理を説き、ものの道理を訴えた者は世の中に居られない。バカかキチガイ扱いされた上に、罰せられるか殺されている。

 ガリレオ・ガリレイもそうだ。「地動説」だった時代に「天動説」を唱えればキチガイ扱いされるのは当たり前で、誰も地球が太陽の周りを廻ってるなどとは考えても見なかった。結果、世を誑かす者だとして宗教裁判にかけられた。

 これが当時の世論の大勢だった訳だが、今も当たり前だとか正論だと思っていることも、後の世には間違いや非常識だったとされる場合も少なくない。

 正しいことというのは、いつの世も後になって気付くもので、そんな時に、必死に「正しい」と唱えたところで理解してくれないのは当然のことでもある。何しろ世の中にはバカの方が多いのだから、バカの世論が結果として正論となる。

「あの人は良い人だ」「あのことは正しい」などというのも、古来に学べば大半は間違っていると思った方が好い。「オレはいい人間だ」「善人だ」と吹聴するヤツに限って、その裏では何をやってるか分かったものではない。

 愚生の経験からすれば、笑顔を浮かべてるヤツや愛想の好いヤツというのは意外と性格が悪いのが多い。作られた笑顔の裏の顔というのは実に醜いもので、悟られない様に誤魔化そうとしているに過ぎず、ブスっと無表情のヤツの方が信頼出来る。

 返事なんてのもそう。何でもかんでも「ハイ、分かりました」なんていうヤツは意外と聞いていない。話をしてる最中も、じっと目を見ているヤツもダメだ。

 此方の話しを聞きながらも時々目を伏せて、メモしたり、同意した内容があれば目を上げ、相手方の目を合わせ相槌を打つ様な人物なら使い物になるだろう。 

 報道されてるニュースでも評論でも何事も、違う角度から穿った見方をすることも必要で、現在の常識や多くの正しいと思われている意見というのは、マスコミや或いは戦後に創られた米国の価値観だったりすることが多いものなのだから。

 まぁ、日々垂れ流している愚生の薀蓄や能書きも、預言者の喩えではないが、「郷里に容れられず」っていうより、連日同じ様な記事を綴ってると軽んじられるもので、「近きは糞の香」くらいに思われてるんだろうなぁ。呵呵大笑。

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cordial8317 at 05:30│Comments(0)

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