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2021年07月14日

「耐乏生活を潜り抜けた人間は強い」徳川家康の処世術に学ぶ

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 徳川家康の金言で「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず」というのがある。家康というと、華やかな道を歩んで来た様に思っている人がいるが、そんな人物がこうした言葉を遺したところで心に響くものではない。

 家康の生い立ちは可哀想なものだった。まだ「竹千代」と呼ばれていた三歳の時に、離別になった母と別れ、六歳の時には今川家に人質として捕らわれる途中、義理の叔父の為に織田側の人質として捕らわれてしまう。

 今川と織田の休戦和議が成立し、人質交換で故郷の岡崎に戻されるも、僅か十二日で再び今川の人質として駿府に送られる。この時、竹千代八歳。

 この様な人質生活の中から、油断は出来ない、人を警戒する習慣と、耐乏生活の中から、金銭の有難さ、質素倹約、質実剛健の気風が育まれたといっていいだろう。

 家康の家臣達も、主人は人質、所領は代官の管理。知行も扶持もろくろく貰えず、百姓仕事をしながら、じっと時節到来を待つこととなる。

 家康十五歳の時、初めて今川から墓参を許され岡崎に戻ったことがある。譜代の家来の一人が田に出て泥だらけになって草むしりをしているのを見つけ、「難儀をさせることよ」というと落涙。これには周りにいた家臣達も思わず強泣した。

 また鳥居忠吉という齢八十を超す老臣は、家康を自宅に招くと、人払いをして土蔵に案内する。中に入ると床一面に銅銭がうず高く積まれていた。

「殿、この同銭は殿が戻られた時の軍費でござる。爺が今川の者達の目を盗んで蓄えたもの。よいか殿、殿の後ろには、この様に家臣の一人一人が血の滲む苦労をしながら明日の日を待っているのですぞ」

 家康のこの生い立ちが、終生堅実な生活を営ましめたといって好いだろう。三河武士の剛強・忠義・団結心を謳われたのも彼らが圧迫と貧窮の中に育ったからだ。

 昔の軍隊では、仙台の二師団と、熊本の六師団が最強と言われた。これも東北と九州が貧しく、そうしたことが大きく影響していたのは言うまでもない。

 耐乏生活を潜り抜けてこそ人は強くもなるし、他人の苦労も理解出来るし、何より人間味も深まるというもの。「苦労は買ってでもしろ」とは蓋し正論。

 失敗し、火傷を負い、その失敗や苦労から享けた恥や我慢から学ぶことで人としての器が大きくなって行く。場数を踏むとはバカ(失敗)の数でもある。

 バカな経験を積み重ねることによって男の重みが変わって来るのもの。人間というのは成功から学ぶことは無い。失敗を経験し、そこから学んだ者の知恵は傾聴に値するのは、生きた学問を学んでいるからこそ面白く為にもなるのだ。

 温室で育った野菜や果物は見かけだけで味に深みはない。やはり自然の風雪に耐えてこそ味わい深くなる。人間だって同じで、苦労や失敗を経験せずに周りに同調して無難に生きて来たヤツというのは見せかけだけで、いざとなると挫折に弱い。

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 画像は「徳川家康三ヶ方原戦役」。敗走し馬上で脱糞した戒めの絵だ。顔を顰(しか)めた家康が憔悴した表情に描かれていることから「顰像」とも呼ばれる。

 元亀3年12月22日、遠江国敷知郡の三方ヶ原(現在の静岡県浜松市北区三方原町近辺)で起こった「三方ヶ原の戦い」は、元亀3年12月22日(1573年1月25日)に、遠江国敷知郡の三方ヶ原で起こった、武田信玄軍2万7千人と徳川家康軍1万1千人(うち織田信長からの援軍3千人)との間で行われた戦いである。

 この戦いでは、武田軍の死傷者200人に対し、徳川軍は死傷者2,000人を出したと言われている。徳川軍の各隊が次々に壊滅していく中で、家康自身も追い詰められ、僅かな供回りのみで浜松城へ逃げ帰った。家康最大の危機でもあった。

 浜松城に戻った家康は、後にこの敗走を忘れない為に苦渋の表情の肖像画を描かせた。これが通称「顰像」といわれる「徳川家康三ヶ方原戦役画像」である。

 この肖像画は、一般に血気に逸って武田軍の誘いに乗り、多くの将兵を失った自分に対する戒めとして描かせたとして知られており、慢心から熱くなった自分を抑える為に、この絵を見て自重していたという逸話が残されいる。

「失敗を真摯に反省することが次の成功に繋がる」という家康の人生譚は、現代を生きる我ら日本人の共感を生んで止まない。「あの天下の家康でさえ失敗した」と思えば、何事にも結果を恐れず気楽に向き合うことが出来るだろう。呵呵。

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cordial8317 at 09:07│Comments(0)

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