原発稼働停止で緑豊かな森が破壊されて行く「教育勅語」を奉読し日本人としての自覚を再確認しよう!

2014年10月29日

我が国の石油危機を救った「アラビア太郎」こと山下太郎

 百田尚樹の「海賊とよばれた男」に登場する主人公・国岡鐡造は出光興産創業者の出光佐三がモデル。国岡鐡造の一生 と国岡商店が大企業にまで成長する過程が描かれベストセラーとなった。「出光興産」を知っていても「アラビア石油」という名前を知ってる人は少ないだろう。「アラビア太郎」こと「山下太郎」が昭和58年に設立した会社で、別名「日の丸石油」と呼ばれ、社旗は日の丸に「A」。日本の自主開発油田で、我が国の石油の安定供給に貢献した会社である。

 山下は、日本の石油危機を救うには、「日本人の手によって、アラビアで石油を掘るのが一番の得策だ」と言ってアラビア石油を創設する。資金面や現地での困難や危機を乗り切り、漸く油田を掘り当てる。だが、その吉報の一方で大きな災難が襲った。1号井戸を掘ってた際にガス層に突き当たってガスが噴出し引火、忽ち猛火が母艦を包んだ。石油が日本へ送られる寸前の出来事だった。

 だが、山下は刻々と入る悲報を前にして、「火事は災難だが、これで石油の出ることがはっきりした。火災は問題ではない。まぁ、大学入試に合格した途端、ちょいと風邪をひいた様なものさ。油は出る。必ず出る!」と平然と言い切った。しかし、大事故はそれで終わった訳ではなかった。更なる試練が山下に襲い掛かる。

 タンカーに続いて開発作業に従事していた150トンの大型クレーンが倒れてしまう。そんなこともあり資金は底を突く。当時50億円の資本金を100億円に倍増増資しても足りなかった。普通の人ならここで退散だろうが、山下は違った。

 流石は「アラビア太郎」、火災事故から5か月後、待望の石油を掘り当てた。山下の禍を転じて福と成す信念があってこそ、我が国のエネルギー危機を救ったのだ。その後、昭和48(1973)年10月、第4次中東戦争(十月戦争)が勃発。石油輸出国機構(OPEC)が石油価格を大幅に引き上げたことにより,世界経済全体が大きな混乱を招くこととなり、「第1次石油危機(オイルショック)」が起きる。

 昭和54(1979)年には第2次オイルショックが起き、石油消費国はインフレ、景気後退、国際収支赤字の三重苦(トリレンマ)に悩まされ、我が国ではこうした経験から、石油に頼らない原子力発電の開発を推進することとなって行く。

 原発事故以来、我が国の電力の90%が火力発電によって賄われている。だが、原発依存から脱却し、化石燃料への依存度が高いまま推移した場合に様々な弊害が出て来ることは火を見るより明らか。現に今年度の貿易赤字は5兆4271億円に上る。

 反原発派に出光佐三や山下太郎の様な、日本の危機を救う為に私財を投じ、莫大な投資をして新エネルギー開発に命を賭ける様な人物がいれば別だが、そんな奇特な者などいないし、他人事の様に「原発費用を充てろ!」と言うのが関の山。

 国内経済は多くを海上交易に依存し、日本の輸入依存度の高さは石油が99.8%、石炭98.4%、天然ガス(LNG)96.6%、原子力(ウラン)に至っては100%を依存している。「脱原発」の流れで原発を廃炉にし、代替エネルギーも確保されないままで、もし化石燃料による電力のみに移行した場合、それは我が国経済の自殺行為と言っても過言ではない。その点では、原子力発電というのは「プルサーマル」や「高速増殖炉」も実用化出来れば、かなりのエネルギーは自国で賄えるのだ。

「脱原発」よりも現存する原発の安全対策を盤石に施し、核リサイクルなどの技術開発研究を進めることこそが最重要なことだろう。 太陽光や水力、火力、風力、或いはメタンハイドレートへの投資や、蓄電の技術開発に多額の資金を投じれば、将来的な脱原発への道が開かれるだろうが、実際には実現するのは困難だ。

 原発稼働停止で、国内の大資本から民間企業、外国資本まで太陽光発電事業に参入した。地上げ屋が跋扈し、山林が売買され森が伐採され、緑豊かな森が人工的なパネルで敷き詰められ、自然の景観を損なったが、こんな営利至上主義に狂奔しながら、「エネルギー供給の危機」をクリア出来るとは到底思えない。

「脱原発」にしろ、口で言うのは容易いが、何より、既に存在している28000トン在ると言われている「使用済み核燃料」をどのように処理するのか。これを「再処理」した上で「最終処分」しなければならないのを知らない訳ではあるまい。

 使用済み燃料を再処理するとプルトニウムを含む酸化物が精製されるが、これを「プルサーマル」や「フルMOX」の原発で燃料として使わなければ、国際公約に違反していることになってしまう。日本だけが余剰プルトニウムを持つことは国際的に許されないのだ。現在の状況を嘆くのも勝手だが、先人の行った過去の功績や苦労を知らず、 将来のみを語ることがあってはならない。

 出光佐三にしろ山下太郎にしろ、昔の企業家というのは営利よりも先ず日本の将来や国民の幸福を重んじていた。企業人とはやはり社稷を重んじることこそ大事。だが、悲しいかな我が国の経済界は正に財閥富を誇れども社稷を想う心なし。

 日本人は勤勉な国民だと言われて来た。何故に勤勉なのかと問えば、多くの人は「貧しかったから」だという。だが、日本より貧しい国は沢山在るし、それらの国民も勤勉かといえばそうとは限らない。日本人の美徳とされたものは「勤勉と貯蓄」である。それを提唱し、生活思想に高めた人物が「石田梅岩」という人物だ。 

 江戸時代、商人は「士農工商」の最下位に置かれ「金儲け=賤しい」と軽蔑の対象にあった。梅岩は、商人の役割について「余ったものを足りない所に送り社会全体を過不足なくすることだ」といい、倹約の公共的な経済効果を打ち出した。我が国の景気低迷の一因は経済人の心の乏しさに起因していることも多く、真の政治家を育てることも大事だが、社稷を重んじる経済人を育むことが、日本再建の鍵となろう。

 大きな事業や大きな目標になればなるほど、大きな困難や試練が待ち構えているもの。「井戸を掘るなら水の湧くまで掘れ」という言葉があるが、「アラビア太郎」こと山下太郎の様に、自分の立ってる場所を掘り続ければ、自分の井戸が見つかるだろう。「汝の立つ処を深く掘れ そこから泉が湧くであろう(ニーチェ)」

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cordial8317 at 09:07│Comments(0)

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