つれづれなるまゝに その日ぐらし(笑) 「これはいいね!」と君が言ったから9月3日は「抗日戦争勝利記念日」(笑)

2014年09月03日

「朝日新聞」の虚言症留まる処を知らず。吉田昌郎所長の聴取結果所(吉田調書)も捏造!

 東京電力福島第一原発の事故調査・検証委員会が当時の現場責任者だった故・吉田昌郎所長から事故後の現場の状況を聞いた「聴取結果書(吉田調書)が公開された。吉田所長は生前、「記憶の薄れ、混同で事実を誤認している部分もあると思う。内容の全てが事実であったかの様に独り歩きしないか危惧している」と非公開を望んでいたが、朝日新聞が歪曲し「所員の九割が吉田所長の待機命令に違反し撤退した」などと報道したことで、国際的信用を失墜しかねないと政府は公開を決断した。

 朝日新聞といえば、吉田清治の戯言を根拠に所謂「従軍慰安婦」の存在を広めながら、最近になってやっと記事が事実誤認であることを認め訂正こそしたが未だ謝罪は無し。朝日はこれ以外にも、本多勝一が昭和46(1971)年から連載が始まった「中国の旅」で、戦時中の「日本軍国主義の残酷行為」を証言者の話として発表した。

 ところがの内容は全く根拠の無いもので、中国共産党によるプロパガンダだった。だが、朝日新聞はこれを事実として「南京大虐殺」を広め国民を誑かし、今や国際問題にまで発展した。この問題に至っては未だ捏造であることすらも認めていない。

 以前、東京都知事選に立候補した田母神俊雄候補の応援に駆け付けた百田尚樹が「南京事件は無かった」と言い放ち、「東京裁判は原爆投下(大虐殺)の行為を誤魔化す為のもの」と断じた発言に朝日新聞を始めとしたマスコミ各社は噛み付いた。

「南京事件」は百田の言う通り広島・長崎の原爆投下や東京を始めとした都市への無差別爆撃を正当化する為の世論のすり替えであり、「東京裁判」は勝者による敗者への苛めであり、「事後法」に拠る裁判は「国際法」的にも無効である。

 こうした新聞が日本を代表するものだというのだから厭きれるが、尤も朝日や毎日新聞なんてのは所詮は商業左翼。読者に気に入られる様に書くのは当然で、こうした新聞を購読する読者が多いということは、それだけバカ、否、未だに米国の占領政策や自虐史観が浸透しているということでもある。

 米国は、我が国が二度と米国に歯向かわない様にする為に特別な占領政策を実行した。中でも言論統制は徹底して行われ、最も活用したのが情報発信の中枢であったNHKと朝日新聞、それに岩波書店だった。

 GHQは占領政策に協力的な売国的人物をリストアップし、彼らを通し間接的且つ巧妙に偏向情報を流布させた。ここに、当時NHK文化人、朝日文化人、岩波文化人なる反日的戦後民主主義者が生まれ、マスコミに登場しては持て囃されて行くのである。7年間の統治で培われたマスコミの反日偏向・自虐史観は社是となり、現在に引き継がれているのは言うまでもない。

 一体、いつになったら米国からのマインドコントロールから目覚めるのだろうと思うのが普通だが、要は何のことはない、米国からの自虐史観から目覚めない読者がいる限り、こうした捏造や不検証は続けられるということだ。

 何故なら所詮、朝日新聞なんぞに「正義」はなく、単なる営利至上主義。言い方を変えれば「反日や売国、自虐は儲かる」ということ、その一言に尽きる。

 その昔、母校の國士舘では売国的な朝日新聞の「不買運動」を訴え実行した。この運動が正しかったことが今改めて確信出来る。こうした学校に学び、4年間を過ごせたということは貴重な経験であり誇りでもある。

 朝日新聞はその対抗措置として國士舘の建学の精神や硬派的校風を取り上げて批判。ヤキやシゴキを「暴力体質」として糾弾し続けた。

 そういう愚生も工学部の教授会で諮問され琉球拳法部を辞する際、一学年上の先輩からヤキを頂いた。普通はこれで終わりだが、愚生の場合はチト違ってて同じ工学部の2学年上の先輩2人と政経学部の1人(現福島県警警部補)からもケジメと称されトイレに連行されて暴行を受けた。

 まぁそれで琉球拳法部とは関わりを切り、翌日もいつもの様に所属していた右翼団体の宣伝車で登校、服装は蛇腹ではなく私服というか警察の払い下げの出動服に雪駄履き。登校したらヤキを入れた先輩に遭遇した。

「ヤキを貰って登校して来たのはお前くらいなものだ」と不貞腐れていたが、その後、愚生の一件が学生主事に寄せられ暴行事件が発覚、2学年上の3人は停学処分、朝日新聞にも取り上げられ、実家にも取材があったらしい(笑)

 当時、主将だった小島先輩が「佐久間の場合は事情が違ったのに、あいつらに申し伝えてなかったのは俺の責任だ。申し訳ない」と謝罪して頂き、自分の中でも溜飲を下げた。だが、ヤキを入れ停学になった3人のうちの1人の西谷亮祐は國士舘創立100周年を迎えるに当り監事に名を連ねている。これには目を疑った。

 あの時、愚生が朝日新聞記者の言う様に警察に被害届を出していたら、恐らくは退学だろうし、福島県警に採用されることは無かっただろう(笑)

 ケジメを付けた以降もシカトなどの卑怯な振舞いに終始し、自分の行為を正当化し、停学も「佐久間がチンコロした所為だ」と言い触らしていた者が、「監事」とは実に不適格な人事であると断じざるを得ず、納得いく回答が無い場合、國士舘に乗り込んでやろうと思っている。因みに学生課にチンコロしたのは同郷の友人R(笑)

 國士舘の朝日新聞不買運動の輪が広がることはなかったが、現在、朝日新聞の不買運動や企業の広告拒否は広がってるというし、朝日新聞の一日でも早い倒産をことを願うばかり。「吉田調書」の件に戻るが、現場の緊迫した様子が伝わってくる。

 福島第一原発事故は菅首相の強行視察でベントが遅れたということが言われていたが「吉田調書」ではベントの遅れは否定している。「海水注入中止」を本店に報告しながら、注水を中止しなかった事実や菅直人の慌てふためいた様子も実にリアルだ。

 朝日新聞のいう、「所員の九割が吉田所長の待機命令に違反し撤退した」という話は何処にも出て来ない。現場は逃げていなかったのだ。

 菅が首相を退くと「撤退を止めた」とのは自分だと自慢気に語ったことも全くのデタラメだったことも判明したが、正に原発事故は菅による「反原発」運動のマッチポンプであると断じて好かろう。

 抑々、菅を最高責任者として検挙・送検しなかったことは憲政史上の汚点。今からでも遅くはない、菅を「業務上過失致死傷容疑」で検挙し刑務所で矯正させよ。

「あの、おっさんがそんな発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう」の一言は快哉でもあるが、菅が未だに逮捕されない不思議。

 福島県内に住んでいるひとりとして、非常用復水器の停止と損失や津波対策の遅れは返す返すも残念なことだったと思っている。

 それに対しても吉田所長は「マグニチュード9の地震が来ると誰が事前に言っていたのか。何で考慮しなかったのだというのは無礼千万だと思っています」と語っているが、「想定外」という見苦しい言い訳よりも実に分かり易い。

 朝日新聞による「吉田調書」の捏造は国家を貶めるもの以外何ものでもなく、況してや今も原発構内で、未曽有の事故を一日でも早く収束させようと、命がけで闘っている英雄達への冒涜であり、決して赦されるものではない。朝日人よ、恥を知れ!

cordial8317 at 05:11│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

つれづれなるまゝに その日ぐらし(笑) 「これはいいね!」と君が言ったから9月3日は「抗日戦争勝利記念日」(笑)