アジアの動乱の原因は米国と共産主義だったという歴史的事実を忘れるな!「戦後民主主義」とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である

2014年02月21日

2月22日という日は「竹島の日」であり、国士・山口二矢生誕の日でもある

 ソチ五輪女子フィギアの浅田真央の演技に感動。でも何で8回ものジャンプに成功し、完璧ともいえるフリーの演技が全体の3位というのは合点が行かない。審査員には日本人はおらずロシア人や韓国人だから分かりやすいと言えば分かりやすい。韓国人が係わるとスポーツさえも胡散臭げで、見ている方は興醒めするしかない。

 韓国とはやはり何事も係わりたくはないというのが正直なところ。韓国が進歩しないのは民族性が原因と言えばそれまで。事大思想であるが故に、李承晩らが創り上げたウソの歴史を鵜呑みにし、愛国者​気取りで日本に憎悪を剥き出しにする。

 そんなことでしか満足出来ない民族というのも嗤えるが、我が国を批判する前に韓国こそ冷静に公正な歴史を学ぶべきだろう。悲しいことに韓国の歴史というのは全てが「反日」のみで、その​歴史を疑うことを知らない民族というのは憐れだ。

 我が国にも未だ米国が行った戦後民主教育を疑いもせず鵜呑みにしている輩がいるがそれと同じで、それはそれで気の毒とも言えなくもない。韓国のウソの元凶は李承晩の「大韓民国臨時政府」のウソに在る。​国定教科書でも「対日宣戦布告」を過度に強調する余り、ウソに​ウソを重ねるしかなくなっているのが現状で、それを否定するものなら非国民呼ばわりされ、「親日分子取締法」で検挙される始末。

 こうした自国の歴史のウソや間違いに目を向けず、全てを日本の責任とするのは甘えであり、主権国家としての権利を放棄したことと同じ。韓国にしろ、中共にしろ国家として我が国と戦った歴史はない。韓国が独立出来たのも、敗戦に乗じ、米国からの御祝儀の様なものでしかない。歴史を遡れば、「日清戦争」は朝鮮を巡る戦いであり、「日露戦争」後の日韓関係の悲劇の現実こそが「日韓併合」なのだ。

「日韓併合」にしても、韓国は常々「日帝36年」と我が国を批判して憚らないが、事実は果たしてそうだったのだろうか。あの当時、韓国独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ただろうか。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、日清・日露戦争時代の近代史を学べば誰でも解ることだ。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始。日本が割譲された遼東半島に攻め入り、触手を伸ばしている時に韓国がロシアと対峙することなど不可能。その意味では、寧ろ日本に拠る韓国保護の必要性を認め、「日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しよう」とした「日韓合邦派」の主張の方が現実的な選択だった。

 その合邦派を今や「日帝の手先」として糾弾し、その子孫も「親日分子取締法」によって弾圧する韓国に歴史を語る資格はない。 大東亜戦争​にしても「朝鮮人も日本人として共にアジア解放の聖戦に立ち上がった」というのが真実だろう。

 そうした歴史的事実を教えずに、反日活動家だった李承晩の「臨時政府として対日宣戦に​参加した」などというウソを教えるからややこしくなる。韓国の憲法の前文には、「大韓民国は3.1運動により建てられた大韓民​国臨時政府の法統を受け継ぐ」と規定している。だが、抑々「大韓民国臨時政​府」は、サンフランシスコ講和条約への​署名も認められなかったことでも分かる様に国際的にも認められてはいない。

 こうした国際的な常識を無視して、「悪逆非道な日本からの独立を我々の手で勝ち取った」と​いうインチキ神話を捏造してしまったところに韓国の悲劇が在る。我が国に謝罪要求する前に、韓国こそ自らの責任を真正面から見つめ直すべきだろうが、「虚言癖」という病んだ民族性はどうやっても治ることはないだろう。

 韓国のウソでも最大級のウソが竹島の主権主張だろう。韓国は、竹島を「独島」と称し、古来から韓国固有の領土と主張するその根拠は、「三国史記」という古代朝鮮の歴史書に帰着する。だが、その「三国史記」に、鬱陵島の隣に在る「干山島が新羅の領土」と書かれていることことをして歴史的事実であるという。

 これを論拠に、「4~5世紀から韓国領だった」と主張しているのだが、古地図では干山島は鬱陵島の西に接近している島で、竹島は、鬱陵島の東南92キロに在る島なのだから、干山島が竹島だとの主張することには無理があるというか嘘だ。

 こんな判りきった事実が存在すのに、それを否定し、竹島の領有権を主張し不法占拠を続けている。鬱陵島周辺の小島の呼称が色々と変遷して来た歴史が在る。竹島」は以前には、「松島」とか「リャンコ島」とか呼ばれたこともある。

 こうした経緯も紛らわしくしているのかも知れないが、李氏朝鮮時代の地図には鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど唯の一度も登場したことはないし、鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。それは当然のことで、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら「空島政策」で居住が禁止されていた。

 韓国では昔から鬱陵島より遥か先の島のことなど、関心も認識すらもなかったというのが真相というか歴史的な事実である。竹島に関して言えば、面白いもので我が国では鬱陵島を「竹島」と呼んでいたことがある。こうした歴史を韓国人の論法を真似すれば「鬱陵島も日本固有の領土」ってことになるな(笑)

 昭和27年1月、韓国初代大統領に就いた李承晩は国際法を無視し、軍事境界線「李承晩ライン」を設定し、日本領土の竹島を取り込んで韓国領と宣言した。

 我が国の主権が快復する直前に竹島を掠め取ったのが真相であり、韓国側の竹島の領有権主張はその不法行為を正当化する詭弁である。戦後、この李承晩ラインを侵犯したとして拿捕、抑留された日本人漁民は「日韓漁業協定」が成立する昭和40年(1965年)の間に3929人に及び、船舶328隻、死傷者は実に44名を数える。

 韓国政府はこの日本人抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を要求すると、我が国政府は恫喝に屈し要求に応じた。これ以降、在日がゴキブリの如く殖え続け、在日特権が次々と与えられて行く。竹島問題は在日特権を考える上でも重要な問題なのである。

 2月22日というと国士・山口二矢を思い出さずにはいられない。二男で、二月二十二日生まれ。「二」の字に縁があると「二矢(おとや)」と命名された。昭和34年、大日本愛国党に入党。翌年5月、同党の吉村法俊、中堂利夫と共に脱党し「全アジア反共青年連盟」を結成。そして日比谷公会堂で浅沼稲次郎に天誅を下す。

 日本社会党党首だった浅沼稲次郎を刺殺したのが10月12日。練馬鑑別所で自裁したのが11月2日。「二」という数字は烈士にとって運命だったのだろう。生きていれば71歳になる。現在の右翼民族派陣営の混迷ぶりは指導者不足不足が原因であり、こうした現況を烈士は隔靴掻痒の思いで見ているに違いない。合掌。

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cordial8317 at 05:55│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by 雪   2014年02月22日 16:06
5 五郎先生、皆様、こんにちは。
久し振りの更新楽しみにしていました。
今日は二矢さんの誕生日でもあったのですね。

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アジアの動乱の原因は米国と共産主義だったという歴史的事実を忘れるな!「戦後民主主義」とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である