米国が百田尚樹の「東京裁判批判」に噛み付いた。戦後政治を見直し米国依存体制からの脱却を急げ!アジアの動乱の原因は米国と共産主義だったという歴史的事実を忘れるな!

2014年02月14日

「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」、偏狭な愛国心より先ずは大和の心を涵養すべし!

 建国記念日に、安倍首相は、「本日は建国を偲び、国を愛する心を涵養する日です」と語り、国を愛する心を育むことの重要性を強調していた。確かに国を愛する心を育むことは大事だが、強制することでもないだろう。奇跡の国・日本に生まれた喜びと、先人の営為に学び現代にそれを活かすことこそ大事である。

 アドルフ・ヒトラーは、「国家という概念は今日、明白な内容を持っていない。だから軽薄な愛国教育しか出来ないのだ」と訓えているが、現在の安っぽい愛国ブームとはヒトラーの憂いた兆候と同じ様にも感じなくもない。

 三島由紀夫は「日本の様な国には愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。『大和魂』で十分ではないか」と語った。この三島の言葉に激しく同意する。

 保守を自任する安倍が、頻りに「愛国心」を強調すればするほど、胡散臭げに感じる国民も少なくないだろう。こういうことを書くと、必ずと言っていいほど自称保守やナンチャッテ国士が登場し、「安倍を批判するとは怪しからん!」ってなことになるが、今の保守ブームも単なる流行に過ぎまい。流行が去れば終わる。

「自分こそ正論、正義である」と言わんばかりに、自称・保守、自称・愛国者同士がいがみ合ってる現状は罪が無いが、論争にしても器が小さ過ぎるし、所詮は単なる「流行保守」である。因みに「流行」とは本来は「病気」という意味だ。

 日本では「愛国」や「愛国心」というと「愛国者」だとは言われない。「右翼」「反動」と非難され、危険思想の持ち主だと罵られる。田母神元空幕長じゃないが、「日本は良い国だ」と言った途端に更迭されたのがその好い例で、「愛国者」が「右翼」呼ばわりされてしまうのだから恐れ入る。右翼は愛国者じゃね~し(笑)

 抑々「右翼」というのはフランス革命に由来する。国民議会で旧体制の維持を支持する勢力(王党派、貴族派、国教派など)が議長席から見て右側の席を占めたことで「右翼」、反対に座る改革派を「左翼」と呼ばれる様になっただけだ。

 愚生は右翼と蔑視されるが、別に守旧派でも旧体制派でもない。歴とした日の丸革新派であり、一維新者を自任している。「右翼」という言葉は本来、日本には馴染まないし「右翼」という言葉自体にはかなりの悪意が感じられる。

 保守派や愛国者をを「右翼」と蔑むことで、「左翼」の優越性をアピールし、「右翼は旧態依然の危険なものだ」というイメージを創り上げたマスコミは、国家と国民の離反に成功した。「ネット右翼」もその好い例だ。保守派に「右翼」と罵れば反論し怒り出すだろうが、「左翼」に「左翼」と言ったところで反論はしない。

 何故なら「左翼」こそ確信的であり、進歩的なものだと自負しているからだ。そういう意味では「愛国心」も結構だが、我が国の「愛国」というのは米国の「愛国」とも違うし、諸外国の「愛国」ともまた違う。「愛国」という言葉の由来は「日本書記・第三十三巻」に在る、「朕嘉厥尊朝愛国 売己顕忠」という勅語。

「朕は、貴男が廷を尊び、天皇国を思い、己を売ってまで忠誠を示したことを嬉しく思う」という意味である。一般個人に与えたられた「勅語」はこれ以外にない。この勅語の「愛国」の文字は、持統天皇が初めて用いた「国を思う」言葉であり、こううした歴史も知らずして「愛国」という言葉を軽々しく使うものではないのだ。

 天智2年(663年)唐・新羅連合軍に攻撃された百済は我が国に救援を求める。すると、中大兄皇子(天智天皇)を中心とするヤマト朝廷は全国から傭兵。凡そ5万を募り、百済に援軍を送った。日本軍はその要請に応じたのも甲斐なく、「白村江(はくすきのえ)の海戦」で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。

 その捕虜の一人であった大伴部博麻は「唐が日本を攻める」という情報を得るも、知らせる術はなく、自らを奴隷に売って、その工面した金で仲間を帰国させ危機を知らせたのだった。持統4年(689年)のことである。奴隷となった博麻が帰国したのは何とその30年後。帰国後に送ったその言葉が前出の勅語である。

 日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として「愛国心」は最も相応しい言葉だと思うが「国家という概念は今日、明白な内容を持っていない。だから軽薄な愛国教育しかできないのだ」というヒトラーの言葉も当て嵌まる。

 現在の「保守ブーム」や「ネット右翼」の過熱ぶりを目の当たりにするが、折角の「愛国心」が軽薄なものになってしまっていることも無きにしも非ず。国旗や旭日旗を仰々しく掲げ、「天誅!」だとか「テロ」といった勇ましい言葉が乱舞するが、そこには日本的気風を感じることはなく、単なる贔屓の引き倒し。

 日本人は自分の国を「穏やかな平和の国」と無意識に思っている。一方、「漢心(からごころ)」の大陸では、古代から日本を「倭(ヤマト)」という字を充てて「倭人」や「倭国」などと蔑視してきた。「倭」とは「醜い」とか「卑しい」といった軽蔑の意味のある字で、ヤマトの国を「邪馬台国」だとか、日の皇子の女皇を「卑弥呼」というのは明らかに蔑んだ呼称であり、日本人自らが使うのは愚かなことだ。

 日本人が持つべきは愛国心より「大和の心(大和魂)」である。つまり、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬の恵まれた自然に逆らわず調和して暮す従順な心である。愛国心より、先ずは国の成り立ちを教え、大和心を涵養すべし。

「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」、これに極まれり。

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cordial8317 at 16:24│Comments(2)

この記事へのコメント

2. Posted by はな   2014年03月06日 04:34
5 素敵な記事ですね
私は中央にいるのに、左側から見る人は「お前、なんでそんなに右側にいるのだ」と言います
私の立ち位置は生まれた時からずっとここです

私には、朝日に照らされた空も雲も森も海も四季折々の自然のすべてが麗しく感じます
1. Posted by 通りがけ   2014年02月14日 17:07
楯の會の歌
「起て!紅の若き獅子たち」 三島由紀夫と楯の會
http://www.youtube.com/watch?v=-iYJrLf_xLE

―《起て紅の若き獅子たち》―

1970年4月29日発売。
三島は作詞を担当。作曲は越部信義。歌唱は三島と楯の会の会員たち。

一、

夏は稲妻冬は霜富士山麓に鍛え来し
若きつはものこれにありわれらが武器は大和魂
とぎすましたる刃こそ晴朗の日の空の色
雄々しく進め楯の会

二、

憂いは隠し夢は秘め品下りし世に眉上げて
男とあれば祖國を蝕む敵を座視せんや
やまとごころを人問はば青年の血の燃ゆる色
凛々しく進め楯の会

三、

兜のしるし楯ぞ我すめらみくにを守らんと
嵐の夜に逆らひて蘇えりたる若武者の
頬にひらめく曙は正大の気の旗の色
堂々進め楯の会

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