大東亜戦争後、アジアの国々は独立を果たし「人種平等の原則」は成立した抑々「死刑制度」は「仇討ち禁止」や「決闘禁止」に代わるものだ

2013年12月09日

歴史というものは「中立・公正」つまりは「是」と「非」の両論を記述すべき


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 最高裁は、「教科書は内容が正確且つ中立・公正であり当該学校の目的、教育目標、教科内容に適合し、内容の程度が児童生徒の心身の発達段階に応じたもので、児童生徒の使用の便宜に適うものでなくてはならない」としている。

 斯かる認識からすれば、「歴史」というものは「中立・公正」に、つまりは「是」と「非」の両論を記述すべきであるが、現実には中立・公正な両論併記というより、「日本悪玉論」に基づく自虐史観が罷り通っている。

 我が国の近代史を見れば、「ペリー来航」や「明治維新」の意味を教えず、単に年表の記憶に重点が置かれ、「日清・日露戦争」や「大東亜戦争」の意義も教えず、「日韓併合」や「南京事件」は我が国の蛮行だと断罪する。

 例えば「南京事件」にしても抑々存在していない事件であり、真相はジョン・ラーベという男のでっち上げに過ぎない。

 ジョン・ラーべは、昭和12年12月に日本軍が南京を占領した時に南京に残っていた欧米人15人によって組織された「安全区国際委員会」の委員長である。

 「安全区」は南京の一角を中立地帯にして、一般市民を戦火から守る為に設置されたものだ。

 ジョン・ラーベは、支那では住民保護に当たった人道主義者「中国のシンドラー」として讃えられてはいるが、実際はどうだったか。

 先ず何故、ラーベが委員長に選ばれたのかである。

 ラーベはドイツの電機メーカー「ジーメンス(Siemens)」の南京支社長で、当時のドイツは、蒋介石政権に軍事顧問団を送り込み中国軍の近代化を指導するとともに、ドイツ製の武器を大量に売り込んでいた。

 産業連盟ぐるみで輸出を行い、支那はドイツの第一のお得意様で「ジーメンス」もその中心メーカーであり、蒋介石と親密な関係を持つドイツのラーベが委員長に選ばれたのは当然の成り行きだった。

 軍事顧問団のファルケルハウンゼン将軍は、日本に対する先制攻撃を蒋介石に提案していたくらいだから、その仲間のラーベが反日的で中国人に同情的だったのは不思議ではない。

 従って、南京事件の証拠とされている「ラーベ日記」には、我が国や日本軍に対する極めて悪意のある描写が多いのは当然でもある。

 あの狭い安全区に20万人の市民がいた。そこを自由に行き来していたラーベ。それでも日記にはたったの一件も殺害を見たとは書いていない。

 全ては「こう言っている」「ああ言っている」という伝聞でしかない。

 事実、「国際委員会」の公式記録「南京安全区の記録」には、南京の人口はずっと20万人だったとハッキリと書いてある。

 ところがラーベは、ヒットラーへの「上申書」に、「5~6万人の民間人が殺された」と、虚偽の報告する。

 要するに、南京事件とはジョン・ラーベの書いた「ラーべ日記」やヒットラーへの「上申書」を証拠に捏造されたもので、全くの事実無根ということである。

 歴史の問題は、一国の存亡に関わる大事である。

 相変わらず我が国では贖罪意識から中韓に阿る輩が少なくないが、歴史というのは一面だけではない。一方的な思い込みで歴史を語ることがあってはならない。

 「平和友好」とは、自国の公正・公平な歴史を学び、互いに尊重し合うもので、相手国の一方的な歴史を受け容れることではない。

 親中派が真に「平和友好」を願うなら、先ずは「南京大屠殺記念館」や各戦争記念館に展示してあるインチキ写真を撤去するよう抗議すべきであり、傲岸不遜な中共に対し猛省を促すべきだ。対韓国も然りである。

 余談だが、「南京大屠殺記念館」と、「虐殺」を「屠殺」に準えているが、「虐殺」を「屠殺」に準え様ものなら、「許すべからざる差別表現」として、部落解放同盟と屠場労組の苛烈な糾弾が展開されたことを知る人は多い。

 しかし、「沖縄集団自決軍命令」の証拠とされた大江健三郎の「沖縄ノート」の一節には、「25年ぶりの屠殺者と生き残りの再会・・・」と綴られているのだが、大江の「沖縄ノート」だけは糾弾も出版社が回収もされることはない。

 それどころかアホな裁判官がこれを証拠として採用し、摩訶不思議な判決を出しす始末。大江健三郎のみ「神格化」される理由は何か。

 「南京大屠殺」にしても、「反日」「自虐史観」では、左翼にしろ部落解放同盟にしろ共闘するという事を証明している様なものだろう。

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cordial8317 at 06:26│Comments(0)

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