「国士・中曽根康弘先生―昭和維新の志士・戦後初の右翼宰相」の著者は瀬戸弘幸大先生(笑)稽古とは一より習い十を知り十よりかへるもとのその一(千利休)

2013年10月28日

「忙しい」と言う勿れ、「忙しいとは怠け者の遁辞である(徳富蘇峰)」

「忙しいとは怠け者の遁辞である」とは国民新聞の創設者であり、思想家の徳富蘇峰の金言である。「八重の桜」にも登場している。

  夫をジョーと呼び捨てにし、車にも夫より先に乗った。これは新島夫妻が互いの尊重の上で、男女が等しく平等であるという姿勢を自ら世に示したものだ。

 だが、男尊女卑の明治時代においては世間からは「悪妻」と評され、 「頭と足は西洋、胴体は日本という鵺(ぬえ)の様な女性」と罵倒される。

 この八重を罵る同志社大学の学生が蘇峰だ。「忙しい、忙しい」は現代人の口癖でもある。かといって「忙しい」と日頃から連発する者に限って大した仕事も、重要な仕事を任されてはいないということも無きにしにも非ず。

「忙しい」と言ってた方が、如何にも仕事をやっているかの様に勘違いしてるだけで、その裏には自分が有能で、周りから仕事を求められ忙しくなってしまうのだという思い上がりも見え隠れしている。

「忙しい」とは心が亡くなると書く。つまりは心が死んでいるのだ。心が死ぬということは、人間として最低になること、簡単に言えばバカだということだ。バカになる状態に自分が在りながら、「忙しい」を連発するのは滑稽でしかない。

「忙しい」なんて使うのは、厭な相手から誘われた時の口実。友人、知人を誘って、断わる理由が「忙しい」なら、それは嫌われている証拠だ(笑)

 江戸っ子というのは「忙しい」とは言わなかったという。そんな時は「書き入れ時でねぇ」と言ったというが、今じゃ、江戸しぐさにしろ、江戸っ子気質にしろ余り見なくなってしまったのは物悲しい。 

 昭和20年の正月の毎日新聞に、国民の厭戦気分を嘆く徳富蘇峰の記事が掲載された。「国民の気持ちを引き締めるには東京に爆弾が落とされた方が好い」との記事だった。当時、この記事は痛罵されたというが隻眼ともいえる内容だ。

「これを(東京に爆弾が落とされた)一大転機として、我が一億皇民の心構えを一回転せずんば、まさにいずれの時を期すべきぞ」。実際には戦争末期となり、東京を始め都市部への空襲が襲ったが、時既に遅し。一大転機どころではなくなった。

 今や「国防」という国家の大本を米国に依存し、まやかしの平和に現を抜かし、更にはその米国依存を益々強化しようというのは狂気の沙汰と言う他はない。

 現在の我が国こそ、米国に裏切られ、また中共や北朝鮮や一発喰らう様な衝撃がなければ、国民は惰眠から目覚めることは出来ないのかも知れない。

cordial8317 at 06:23│Comments(0)

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