酒飲んで得し、酒飲んで損し、酒止めて徳し(笑)勿体振ってないで持てる力全てを惜しむこと無く与えなさい

2021年02月16日

男子たるもの厨房に進んで這入るべし!

「愚妻の弁当を作ってる」などというと皆さんビックリする。亭主関白に見えるらしいが、山の神には逆らえないというか逆らわない。やることもやってないし、小遣いも月に1万円しかやらないのに偉そうにしてたらブッ飛ばされる(笑)

 ショーケンの「前略おふくろ様」に憧れて、和食料理人を目指そうと思ったこともあるし、料理は好きだから苦にはならない。ストレス解消にもなり、その日の気分で、冷蔵庫の残りものとかの簡単料理ばかりだが、何より作ってて愉しい。

 味覚というのは大事な価値観。互いに同じ料理を食べて「うん、うまいなぁ」となればホンモノの関係だろう。何もこうした関係は夫婦に限らない。友人関係でも、共に食べてるものを同じ様に感じればそれは相性の好い印し。

 料理の他にも、風景にしろ、同じ感動があるならそれは最高の相性と言える。だが、そこに政治や思想や宗教とかが絡んで来るとややこしくなるが(笑)

 閑話休題。昔は「男子厨房に入るべからず」だとか「男は台所へ首を突っ込むものではない」と聞いたものだが、誰がこんなことを言い始めたのだろう。やはり、男性社会日本の陋習とも言えなくもない。そりゃフェミニストらが騒ぐわな(笑)

 家庭での料理は女性が作るものというのは単なる固定観念。男性が外で働き、女性が家を護る時代ならそんなこともあるのだろうが、「男子厨房に入るべからず」とは、家庭を預かる主婦の亭主への思いやりから出でた言葉ではなかろうか。

 織田信長にしろ豊臣秀吉にしろ、加藤清正や伊達政宗でも、戦国時代の一流の男達はみんな台所へ首を突っ込んでいる。愚生の好きな「鬼平」の長谷川平蔵や「剣客商売」の秋山小兵衛にしても料理をあれやこれやと指南するシーンは多い。

 自分で包丁を持たなくても、きっちり女房に指示するのが亭主の責任。居間で偉そうにしているのもそれはそれで好いが、それでいて「これが不味い」「あれじゃダメだ」というのは、つまりは自ら甲斐性が無いと言っている様なものだ。

「御馳走」とは、来客に食事などを振る舞って心から持て成すことをいうが、食材を選りすぐり、調達して、心を込めて料理をして相手を楽しませること。そういう意味では、料理を女房任せにするというのは持て成す側の心構えが乏しい。

「典座(てんぞ)」という僧がいる。多くの僧の床座や食事などの雑事を司る役僧で、今では食事係の僧のことを「典座」という様になったという。

 日本曹洞宗の開祖である道元の教えの一つに「喜心老心大心(きしんろうしんだいしん)」というのがある。「喜心」は、その名の通り喜ぶ心であり、料理する喜び、食べてくれる人の笑顔に喜びを感じる心などをいう。

「老心」は子供を想う親の心で接しなさいという戒めで、「大心」というのは偏りのない広い心を持ち、謙虚にして初心忘れるべからずという意。この「喜心老心大心」の教えは料理人ならば絶対不可欠なものだが、横柄な店も少なくない。

 亭主というのはある意味「典座」であらねばならない。亭主関白ぶって自ら台所に立たずとも、客が来たならそういう「典座」の心で客を持て成し、また毎日料理をしてくれる女房にも感謝することは忘れてはならないということだ。

 日々こういう心構えでいれば「男女共同参画社会」なんてのは要らないし、この無駄な予算を廃止してコロナ対策に回せば好いし、何より国防費の充実に充てよ。

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cordial8317 at 07:00│Comments(0)

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