10月20日、この日の思いが吾が脳裏に去来する食文化の崩壊が国家の崩壊を招く!

2013年10月21日

安倍よ、自民党綱領に則って政策を実行せよ!

 靖國神社秋季例大祭に古屋圭司国家公安委員長兼拉致問題担当大臣が参拝した。例大祭中の閣僚の参拝は新藤義孝総務大臣に続いて二人目の参拝となった。

 これに対し売国マスコミは、「A級戦犯が合祀されている靖國神社へ閣僚が参拝したことで中韓からの批判が強まるだろう」との記事を垂れ流している。

 いつまでこういう無意味な報道を続けるのか。古屋大臣が言ってる様に「戦没者をどういう形で慰霊するか」は純粋に国内問題であり中韓の顔色を窺う必要も無い。

 一方で、中韓に阿り今回も参拝を見送った安倍だが、安倍の側近の萩生田特別補佐は「一年間という時間軸の中で必ず参拝する」との認識を示した。

 世論調査を見ても、国民の多くが首相の靖國参拝を容認しており、そうした世論を無視し続ければ、保守票が逃げるという邪な考えからこうした判断がされているなら、それは英霊を冒涜する行為そのものであり、言語道断と言わざるを得ない。

 先日の代表質問に於いて安倍は、公明党代表の山口の質問に対し、「河野談話」や「村山談話」と同じ歴史認識を披歴した。これをしても安倍の掲げる「戦後レジームからの脱却」なんぞ画餅に過ぎないということだ。

 過去にも終戦記念日などで戦没者に対し、「心ならずも戦場で斃れ」だとか語っているし、「多くの国々、とりわけアジアの諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えて来た」と聞いたところで別段驚くことではないが、怒りが込み上げる。

 安倍は講演などでも公言しているが、「喩え正論であっても、それを言ってしまえば政治家としては失格!」という信念がある様で、要は己の信念を貫き通す様な覚悟に乏しい旧態依然の政治家だったということに尽きる。

 目先の法案通過を優先し、要らぬ論争を避け様といういうその場凌ぎの言い訳であり、事勿れ主義に他ならない。こうした国民不在の陋習とも言うべき衆愚政治をいつまで続けるつもりか。靖國に眠る英霊を利用したと誹られても致し方ない。

 総選挙前、安倍は第一次安倍政権下での靖國不参拝を問われ「断腸の思い」とその悔しさを滲ませた。そういう安倍の無念さに国民は共鳴し支持したのだ。

 なのに何故、「とりわけアジアの諸国の人々に」などという戯言を抜かすのか。安倍の言行は靖國など見向きもしない政治家より悪質で始末が悪い。

 自民党が掲げる新綱領には先ず「新憲法の制定」を謳い、そして「高い志をもった日本人を」として次の様に明記されている。改憲ではなく新憲法制定が党是だ。

【私たちは、国民一人ひとりが、人間としての普遍的規範を身につけ、社会の基本となる家族の絆を大切に、国を愛し地域を愛し、共に支え合うという強い自覚が共有できるよう努めます。そのために教育基本法を改正するとともに、教育に対して惜しみなく資源を配分し、日本人に生まれたことに誇りがもてる、国際感覚豊かな志高い日本人を育む教育をめざします】

 安倍が保守を自任するならば、やるべきものは経済至上主義に非ず、「日本人に生まれたことに誇りがもてる、国際感覚豊かな志高い日本人を育む教育を目指す」ことであり、「世界一安心・安全な社会を創る」という綱領の実行である。

「積極的平和主義」を唱え、「軍事力」の充実を図るのもも大事だが、「国防」とは領土の保全だけではなく「国柄」を守り皇統を死守することに在る。

「国防」とは三島由紀夫が訓えた様に、国土という領土の防衛ではなく、「それを亡くしてしまったら日本ではなくなってしまうものを守り抜くこと」である。

 国を護るということはつまり、国柄である民族、宗教、言語、​歴史、価値観、習慣、制度を護り、世界の中で最も優れた精神文化​や未来の子供達、そして何より「皇統」を死守し、継承することであるのは言うに及ばず。

 米国の謀る新自由主義を盲信し経済至上主義に奔る安倍を見ていると、吾、疑心暗鬼どころか、屋上屋を架す大馬鹿者だと断言せざるを得ない!

cordial8317 at 05:30│Comments(0)

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