御陵や墳墓発掘の真の狙いは皇室の否定と解体である!和を講じ哀を乞うて止まずとは立国の要素たる痩我慢の士風を傷ふたる

2013年10月14日

我が国の国柄や国體を損ねる主義・思想に断固として対峙して行かねばならない

 愚生が所属していた団体は「防共挺身隊」。最近は「街宣右翼は朝鮮右翼」だと揶揄されているが、その行動右翼、街宣右翼のパイオニアが防共挺身隊でもある。

 抑々「街宣右翼」自体にそれほどの歴史はなく、日本を貶めてると言われるほど影響力も無いし、そんな右翼に貶められたとしても滅びる様な日本でもない。

 昭和30年代から50年代の左翼全盛時代、日本を貶めようとしていたのは左翼団体であり、それらを殲滅せんと対峙していた右翼陣営を、現在の風潮で「朝鮮右翼」と揶揄するのは簡単だが、街宣右翼の行動全てを断じられる謂れもない。

 戦前の右翼と戦後の右翼は全く違う存在だ。戦前の右翼というのは「国粋主義」的要素が強く、外国思想は全て悪と捉えるという考えであり、それは共産主義であろうが、資本主義であろうが、民主主義であろうが批判されるべき対象だった。

 戦後の右翼が国粋主義から「反共」に奔り、ヤクザというか愚連隊の様な組織になってしまったのは右翼の巨頭と称された児玉誉志夫の影響が大きい。

「政財界の黒幕」と言われた児玉誉志夫だが、戦前は海軍航空部門の物資調達を任された「児玉機関」の親玉でもあり、右翼の大物と言われた人物で、「A級戦犯」としてGHQに逮捕された経歴もある。

 GHQは占領下に於いて、戦争を引き起こしたのは日本国内の右翼勢力だとして、右翼団体や危険人物を潰そうとするが、大東亜戦争が終結すると、アジアや世界各地で共産党による革命や暴動が起こった。

 日本国内でも同様で、これを危惧したGHQは右翼の解体の方向を転換し、右翼を「反共」に利用することに。同じA級戦犯だった笹川良一も同じ様なものだ。

 児玉も笹川も、米国の意のままに「民主主義」「資本主義」に与し、「共産主義」のみを悪とし、それらを忠実に実行した。児玉や笹川が米国のスパイと言われるのはその所為でもある。

 児玉は「児玉機関」で貯め込んだ潤沢な資金を基に、全国の博徒や香具師を纏め上げ、右翼団体を次々と立ち上げ共に「反共運動」に乗り出した。

 今も続いている旧態依然の「反共」活動や、自民党を始めとする保守派のスローガンを忠実に遂行している「院外団」的行動もその名残である。

「防共挺身隊」も児玉誉志夫の門下でもあり、初代福田進総隊長はそれらをフルに利用し、経済的な恩恵を享けたのも確か。

 例を挙げれば、神奈川県葉山の二束三文の土地を取得したが、間もなく有料道路が建設され莫大な資金を得た。或いは、未だ日本に帰属される前の沖縄の那覇空港内に在る「福田商店」という免税店にしても、そうした裏の政治力の賜物だろう。

 だが、ヤクザが「仁侠道」を忘却し暴力団化した様に、右翼も「大義」を忘れ、資本主義に溺れ、金儲けなどに興じていれば、必要価値のないものに成り下がって行くのは必然であろう。ならばどうすれば善いのか。

 右翼の使命は、日本の純粋性を曇らすもの、つまりは「共産主義」であろうが、「資本主義」であろうが、「民主主義」であろうが、我が国の国柄や国體を損ねる主義、思想に断固として対峙して行かねばならないのだ。

 三島由紀夫は、戦後に右翼が左翼に取られたものとして、「ナショナリズム」「反体制」「反資本主義」の三つを指摘した。今やそれらは左翼の手中に在る。

 国家主義や民族主義という「ナショナリズム」にしても、「反体制」という反骨主義や「反資本主義」という国粋主義も戦前の右翼はそれらを自覚し保持していた。何故ならこの三つは右翼の矜持に他ならないからだ。

 右翼の矜持を取り戻さなければならないが、果して現在の右翼や自称・愛国者には三島のこの指摘はどの様に響くのだろう。

 共産主義や共産党を始めとする左翼らを批判するのは容易いが、批判する側もまた自らが自由主義や資本主義という病魔に侵されている自覚はない。

 天皇国日本を盤石の安きに置く歴史的使命を有するものは民族陣営以外におらず、そう考えた時、右翼民族陣営は果たして何を為すべきなのか。

「大義」を取戻し、テロを担保しつつ更なる愛国的活動の奮励に邁進する以外に道は無い。それが畢竟、日本再生に繋がることと信じて止まない。

cordial8317 at 07:02│Comments(0)

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