ケリー国務長官らの千鳥ヶ淵への参拝は「国立戦没者追悼施設」建設への布石読書の心得事三箇条。「崇拝」「反抗」「衒学」

2013年10月07日

1949(昭和24)年10月1日中華人民共和国建国

「馬賊の歌」を知ってますか。「狭い日本にゃ住み飽いた。海の彼方にゃ支那がある・・・長白山の朝風に剣をかざして附し見れば、北満州の大平野、俺の住処にゃまだ狭い♪ 」。この一節を聞いても実に浪漫を感じさせる。

 10月1日前後の中共は建国記念日の「国慶節」で盛り上がる。これは1949(昭和24)年10月1日に天安門広場で建国式典が行われ、毛沢東により「中華人民共和国(中共)」の成立が宣言されたことにちなんだもの。

 支那人というのは日頃から、恥ずかしげも無く「中国4000年の歴史」などと宣って憚らない。だが、実はたった64年の歴史しかない新興国だ。逆説すれば、一党独裁の中国共産党政権が半世紀以上も続いているのだから驚く他ない。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由、集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無い。

「満州」「内蒙古」「チベット」「新疆」を侵略し異民族を虐殺、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」とするばかりか、尖閣諸島や東シナ海、南シナ海をも併呑しようする中共の野望は尽きない。

  中共は尖閣問題について国連に於いて「敗戦国(日本)が戦勝国の領土(沖縄・尖閣列島)を占領しようとしている」と発言したのは記憶に新しい。

 これは国連憲章第53条、第107条の「旧敵国条項」の「連合国の敵国であった日本などが再び侵略行為を行った場合、他の国は安保理の承認なしに武力行使出来る」という規定を意識した発言であることは想像するに難い。

 つまり、中共は戦勝国として我が国を監視し、我が国の如何なる理由による防衛も侵略行為と断定すれば一方的な武力行使は可能なのだ。だが、我が国が先の大戦で戦ったのは「中華民国」であり、戦後に建国された中華人民共和国ではない。

 日本国内では相変わらず中共に媚びる報道が垂れ流され、国民は誤った情報に振り回され続けているが、節操も無く中共に靡く輩が多いのは厭きれ甚し。

 共産主義一党独裁の中共と友好関係を続けていること自体、国益を大きく損なうものであり、日中外交戦略の見直しを急がなければならない。

 抑々、世界でも稀有なことに64年も共産党一党独裁が続いているのは、我が国の朝貢外交的ODAや経済支援が影響しているのは否定出来ない。

 我が国は先の大戦で、アジアを侵略したのではない、アジアを侵略していた連合国に対して戦ったのだ。戦後、多くの植民地の解放が実現したことは、大東亜戦争が大義ある戦いだったことの証明でもあろう。

 それでも尚、「日本はアジアの人々に謝罪し、その罪を償う必要がある」というなら、最大の過ちは、戦後、中国共産党を始め国内外に共産主義の跋扈を許したことであり、その償いは共産主義を失くすこと以外にない。

 共産主義の撲滅は世界の悲願であり、支那の民主化が世界平和を齎すと言っても過言ではない。日本こそがその先頭に立つべきであり、先ずは国内に巣食う漢族や不良支那人、蛆虫・共産党や日教組、全教等の共産主義勢力を一掃しよう!

cordial8317 at 08:36│Comments(0)

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