「国を支えて国に頼らず!」とは福澤諭吉の言葉だが、貴方はどう感じますか?1949(昭和24)年10月1日中華人民共和国建国

2013年10月06日

ケリー国務長官らの千鳥ヶ淵への参拝は「国立戦没者追悼施設」建設への布石

 過日、ケリー米国務長官とヘーゲル米国防長官が千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れた。極めて異例のことで、何故に今なのか。何故に千鳥ヶ淵墓苑なのか。

 同行した米国防総省高官は記者団に対し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑はアーリントン国立墓地に「最も近い存在」だと説明したという。 それも一理ある。

 ケリー国務長官とヘーゲル国防長官も「日本の防衛相がアーリントン国立墓地で献花するのと同じ様に戦没者に哀悼の意を示した」と述べた。

 これは、米国が日本の戦没者を追悼する場所は靖國神社ではなく、千鳥ヶ淵墓苑であり、アーリントン墓地に相当するのは千鳥ヶ淵墓苑だという米国からの警告だろう。尤も、靖國神社が追悼施設だと思っていることが混乱を招いている。

 米国にとって、これ以上、靖國問題で日中韓の軋轢が広がることは米国の国益をも損なう恐れがあるとの判断から、千鳥ヶ淵を「国立戦没者追悼施設」として建設を急ぎ、決着を図れという政治的メッセージ。ハッキリ言って大きな御世話だ。

 最近は異国の地で亡くなった戦没者の遺骨収集が話題になるが、収拾された遺骨は全て千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に納められる。持ち帰った遺骨は遺族に行くことは殆どなく、千鳥ヶ淵墓苑に納められる訳だが、満杯状態というのが現状でもある。

 遺骨が埋葬されてるいう理由だけでこの墓苑が拡張整備され、ここが「国立戦没者追悼施設」になる危険も孕み、それを危惧する国民は少ない。そうした風潮を利用し、その為の布石だと思えば、ケリー国務長官らの行動は納得出来る。

 死生観の違いだろうが、愚生は異国で草生す屍となった英霊の遺骨を無理してまで持ち帰ることに違和感を覚える一人。 異国の地で草生す屍となった英霊の御霊は靖國に帰り、我が国の行く末を照らし続けているのは申すまでも無い。

 戦没者の鎮魂と追悼そして顕彰を考えれば靖國の在り方こそ論じ対処するのことこそが大事。 遺骨は仏教的意味合いが強く、魂こそ大事だとする神道との違いだろう。靖國神社は追悼施設ではなく先人の功績を顕彰する神社である。

 仏教徒が多い日本では遺骨が納められている千鳥ヶ淵墓苑の方が追悼施設として分かり易く、米国首脳の参拝は世論攪乱の狙いもあるのだろうと感じる。

 靖國は日本人の精神そのものだ。靖國神社には246万6千余柱の神霊が祀られているが、別に遺骨が納められている訳ではない。靖國神社は神霊を只管お慰めし顕彰する神社だということを未だ勘違いしている人も少なくない。

 神道の教えは、異国の地で屍となった神霊は存在し続けるというのが神霊観念であり、遺骨収集は靖國とは別問題なのだ。

 仏教徒が多い日本では「遺骨こそ大事だ」「遺族の下へ」という声は少なくない。戦没者の遺骨が眠る千鳥ヶ淵こそ国立戦没者追悼墓苑に相応しいとなれば、靖國神社の存在意義が廃れることを危惧する意見もあるのは確かだ。

 だが、万が一に千鳥ヶ淵墓苑が国立の追悼施設になったとしても、「靖國で逢おう!」と散って逝った英霊に感謝し崇敬の念を捧げる国民が絶えることはない。

 政党助成金で準公務員化し、国家観も何もない議員なんぞは千鳥ヶ淵に行けばいいし、政治家が靖國から遠ざかってくれることの方が有難い。

 靖國神社の大祭に限り、天皇陛下が御親拝せられた。陛下の御親拝は正に聖恩無辺、英霊並びに遺族にとっての感激と光栄、これに優るものはなかったのだ。

 それを政治家如きが中韓からの圧力に屈し、陛下の御親拝が鎖されたことほど惨い話はないと思う。ケリー国務長官らの暗黙の圧力で、ヘタレの安倍は、またしても靖國神社例大祭への参拝を見送るだろうとはチョッと穿ち過ぎか。

cordial8317 at 06:27│Comments(0)

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