いにしへの姿のままにあらためぬ神のやしろぞたふとかりける「国を支えて国に頼らず!」との福澤諭吉の言葉を噛み締めよ!

2013年10月04日

神代の時代より現在まで一貫して貫く精神こそが神道である

「遷御の儀」に安倍晋三首相が参列した。菅義偉官房長官は「私人としての参列で、国の政教分離原則に反するものではない」と説明したが疑問を呈する声も聞こえる。現憲法に照らし合わせれば宗教儀式に参列することは違反だろう(笑)

 平野武龍谷大名誉教授は、「一宗教法人に過ぎない伊勢神宮の儀式に首相が出席することは、国にとって特別な存在だというメッセージを与える。首相という立場の人がやるべきことではない」と批判するが、現憲法下では御尤もな御意見だ。

 一方、大原康男国学院大名誉教授は、「首相が出席したことで他の人の信教の自由が侵害されたわけではない。日本の伝統行事に国民の代表として参列しただけで、何ら問題はない」と話し、公人として出席しても問題はないとの考えを示した。

 大原名誉教授の意見に賛同するものであるが、日本国憲法的に鑑みれば首相の「遷御の儀」の出席憲法違反であろう。日本国憲法第20条は次の様に記されている。

 1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 政治家が自主的に宗教行事に参加するのは否定されないが、総理大臣や国務大臣、政務官など国や国に係わる者が宗教活動に参加することは認められてはいない。

 だから、靖國神社参拝でも同じ様に「私人として」などとの詭弁を弄するのだが、これ即ち、憲法に抵触しているということを自ら承知している証左であろう。

 神道というのは日本人の心である。欧米人からキリスト教を取り去ったら欧米人でなくなる様に、日本人から神道を取り除いたら日本人でなくなってしまうのだ。神代の時代より現在まで日本人が一貫して貫く精神こそが神道である。

 現代の日本人に必要なことは、国家民族の最も基盤となるべき自己本来の宗教たる神道について正しく認識することである。それには古事記、日本書紀、万葉集、古今集、源氏・平家物語などの謂わば神道の経典というべき古典に触れるである。

 日本人はGHQの策謀もあって余りにも神道の価値について盲目過ぎる。神代の時代より現在まで一貫して貫く精神こそが神道であり、正に神道なくして日本なし。

 神道は憲法以前から存在するものであり、我が国の総理大臣の参拝が憲法に抵触するというなら、憲法こそ改正すべきだろう。抑々「国體」の何たるかも明記されていない様なクソ憲法は即刻廃棄するのが最善。明治欽定憲法の復元・改正を急げ!

※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。

《会費&御支援の御願い》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円。法人120000円。協賛会員は300000円~。

cordial8317 at 06:50│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by 雪   2013年10月04日 11:01
お疲れ様です。m(__)m

ブログ再開したのを昨日知りました。

過去記事これから読みます。

お身体に気を付けて、これからも頑張って下さい。

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

いにしへの姿のままにあらためぬ神のやしろぞたふとかりける「国を支えて国に頼らず!」との福澤諭吉の言葉を噛み締めよ!