神国日本の不滅を信せずに何が保守か、何が愛国者か2週間ほど愛を求め、放浪の旅に出掛けて来ます。呵呵

2013年09月08日

アメリカは日本の番犬だったが、その番犬も・・・

 米国はシリアの化学兵器使用は非人道的であり、国際法違反であると、然も軍事介入は当然だとの認識を示す。

 だが、シリアが実際にサリンを使用したかは定かではないし、喩え化学兵器を使用したとしても、米国が正義を振り翳し、それを批判する資格はない。

 第二次世界大戦でのナチスによるユダヤ人虐殺を最大のホロコーストだと教えられ、ナチスの蛮行こそ、世界最大のホロコーストだと疑わなかった。

 だがよくよく考えてみれば、米国による広島・長崎への原爆投下や東京などへの無差別爆撃は、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺に匹敵する、否、それ以上の「人種差別」であり、ホロコーストであろう。

 ナチスにとって全ての原因は「人種差別」にあった。

 人間の価値を決めるのは思想や行動、人格などに関係なく、どの人種に属しているかが重要で、アーリア人種の中核であるドイツ民族のみに生存権を認め、国籍が何処であろうと「劣等民族」として絶滅させることが目的だったのだ。

 この点こそがナチス・ドイツが史上例を見ない犯罪国家とされる理由であり、これは何もヒトラーが創り上げたものではなく、ヒトラーが政権を執る以前から存在したと「我が闘争」にはハッキリと述べられている。

 先の大戦では、旧日本軍とナチス・ドイツとがよく比べられるが、我が国とナチスの犯罪は全く異なるものなのだ。

 それこそ広島・長崎への原爆投下こそ、ナチスと同じ「人種差別」の人体実験であり、米国の数々の非人道的戦争犯罪はナチス・ドイツの犯罪と比肩する。

 中韓などは我が国に対し、ドイツが謝罪し、賠償を続けていることを見倣えなどというが、ドイツが国家として、或いは国民全体の罪として認めたことはない。

 それはナチスの犯罪はヒトラーの責任であり、ドイツ国民としての戦争行為は別なものだとの認識に立っているからに他ならない。

 米国も同様に、広島・長崎への原爆投下や東京大空襲などによる一般人の虐殺行為を認めず、謝罪していないのもこれと同じ認識なのだ。

 今や、米国の自己中心的不正や非道に苦しむ非西欧諸国は、「世界の警察」を気取っている米国を唯一最大の外敵であり脅威と考えている。

 欧米が自己中心的正義の名の下に更なる弾圧や軍事介入が続けば、米国への反発とテロの連鎖は止むことはなく、真にテロの根絶と世界平和を願うなら、圧政に呻吟する民族の解放と独立をさせる以外にない。

 しかしそれは、言い換えれば政治体制の崩壊を意味しており、米国然り、中共、ロシア、中近東然り、北朝鮮もまた然り、それはゲリラやテロリストの根絶以上に不可能なものなのだ。

 諸文明が鎬を削り合う時代、我が国が為さねばならぬことは米国からの自立であり、「米国のポチ」としていつまでも従属させられている場合ではない。

 「全国戦没者追悼式」に於いて安倍は、「戦後68年間、平和国家の道を歩んで来た」と大見得を切ったが、湾岸戦争やイラン・イラク、アフガニスタンやリビアに間接的に介入し、そしてまたシリアの紛争に介入しようとしているが、「平和国家」とは実に痴がましい。

 その昔、大日本愛国党の赤尾敏は数寄屋橋で、「アメリカは日本の番犬だ。番犬にはエサは必要で、いい番犬ほど金はかかるものだ」とアジっていたのを思い出す。流石は親米右翼の赤尾敏(笑)

 今やその番犬は無用の長物と化し、その番犬も高齢となりボケ始めた。

 飼い犬に噛まれてからでは遅いのだ。国民もそろそろ、自らの生命と安全は、自ら創り出さなくてはならないという現実に気付くべきだ。

cordial8317 at 04:30│Comments(0)

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