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2013年08月24日

涵養すべきは安っぽい「愛国心」より「大和心」である

 我々を煩わせている一番厄介な悩みの種は、外国からやって来るのではなく国内に在るのだ。その悩みの種とは、国内に常に存在する頭の良い変人達だ。

 その変人達が何がしかの文化に貢献したとしても、それ以上に連中は国力を疲弊させているのだ。我々を困難に陥れているのは、我が国のインテリ連中が創り出している許しが対自己卑下のムードである。

 何も決定せず、優柔不断で成り行きに任せるということでは断固としており、安心し易いという点では頑固であり、全力を挙げて無能であろうとする。

 以上はチャーチルの言葉だが、現在の我が国を取り巻く環境を見れば、靖國神社への中韓からの干渉にしても、米国への依存にしても、それ他の問題にしてもその萌芽は正しくチャーチルの言葉通り我が国に在ると言えよう。

 国民は、自称有識者やマスコミが取り上げる胡散臭げな問題に一喜一憂し、ややこしい問題が出れば、その責任は日本に在ると貶し貶め、それをマスコミ御用達のインチキ言論人が大騒ぎし煽り続け、国民はそれを信じる。

 政治家は平身低頭し謝罪し続け、頭の中は保身と次の選挙だけ。頽廃したマスコミは国益を擁護する気配など皆無で、国民の愛国心を蝕み、「マスゴミ」というか「マスターベーション」のコミュニティサイトだ。

 迷えるものはつまらぬ宗教に走り、国民の勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れ、自己中心的欲望に塗れ続ける。その結果というか反動が、ネットでの保守ブームなのだろう。

「国家という概念は今日、明白な内容を持っていない。だから軽薄な愛国教育しかできないのだ」とは、アドルフ・ヒトラー。

「日本の様な国には、愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。大和魂で十分ではないか」とは、三島由紀夫。

 日本人が持つべき「大和心(大和魂)」とは、つまり、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬の恵まれた自然に逆らわず調和して暮す従順な心である。怪しい風潮の今こそ、涵養すべきは安っぽく偏狭な「愛国心」より「大和心」を涵養するべし。

cordial8317 at 07:32│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by 求道者   2013年08月24日 22:22
安倍首相が「愛国心」「郷土愛」を取り戻せと仰せですが、
これには大変な違和感を感じます。
私の母の実家は首相の選挙区にありますが、限界集落です。
数年前に戻ったらいまだに「汲み取り便所」でして
真夏という事もあり、凄い臭いでした。首相の実家周辺は完全に水洗化されているそうですが・・・。
しかしこの臭いも「郷土」の一部で、いいとこ取りは出来ない・・・と思いました。
(森永のお嬢様たる明恵夫人はまず耐えられないでしょうね。)

首相は小学校から成蹊大の付属で都心育ちであり、いかなる「郷土愛」を取り戻せとお考えなのか?と思ってしまうのです。

そもそも地元名産のミカンも生産者の高齢化で今後成り立たなくなりそうです。
これでTPPに加入されたらおしまいですが、残念ながら首相は(票にならない為か)この集落に来た事は一度だけと地元の人が言ってました。

安倍親衛隊の「自称愛国者」も、都市部住まいでコンビ二弁当生活者が多いと思われます。「大和心」を理解できるかどうかは怪しいものです。

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