「中国4000年の歴史」の嘘っぱち!「慰安婦制度」は性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つという目的で創られた

2013年05月14日

持てる力を惜しむこと無く与えなさい

 先日、ネットサーフィンをしていたら右翼活動家の日記が目に付いた。そこには何やら、60代の所謂団塊の世代の人と歴史認識で意見の相違を感じたが、敢えて反論もせず聞き入ったとあった。そして、その日記の最後には団塊の世代への嫌悪感と雑言が書かれてあった。

 仲間からは同意の声が書き込まれ絶賛されていたが、その場で説得も試みず、後で色々書き連ねるというのは卑怯だし余り感心はしない。仲間も仲間で、諫めたり、苦言を呈す人はいない。仲間内で称えあって何が愉しいのだろう。 

 何故、激論を交わさないのか。「こういう輩と話すことに意味はない」と大人ぶってるつもりかも知れないが、たまには目線を合わせ、本性剥き出しで腹立つことに一つ一つ反論し、歴史的事実を滔滔と雄弁を揮うことも自分を高める上では大事だと思っている。

 愚生も旅先や飲み屋など飲んでる関などでよくそういう人とは遭遇するが、そういう輩を面白可笑しく例え話を出しながら議論を交わし諭すことは嫌いじゃない。

 横議横行とはこういうことだと思っているし、後輩や門下生ならいざ知らず、意見を同じくする仲間内だけで話し合ったところで何になるというのだろう。右翼人が右翼に論じても意味はない。やや左に偏った考えの人や、無自覚左翼を如何に転向させられるかが啓蒙活動の極意じゃなかろうか。

 今迄、何十人もの左翼カブレに出会い、「アンタの様な右翼は初めてだよ!」とよく言われもした。「オマエとは話しにならん!」と席を立ったのは、日教組出身で日本共産党の市会議員になった今は亡き中学時代の恩師だけだ(笑)

 ゴールデン街なんかで飲んでると、場所柄、左翼や団塊の世代、無自覚左翼がうじゃうじゃいて自説を垂れ流してる老左翼によく遭遇したものだ。

 こういった輩の多くは幼い正義感からそういった思想や考えに辿り着いた人が殆どで、その辺りを擽ってから反対意見を述べると意外にあっさり己の矛盾点と学生運動華やかしき時代の幼かった正義感を認めるだろう。

 まぁ共通の話題を探すことも大事。大体スケベな話題は左右共通で、そういった話や趣味の話題で打ち解け、シャレやオチを付けながら分かり易く、周りを巻き込んで話しするのがいい(笑)

 そういう意味では浅学菲才、時局は勿論、スケベなことから難しそうなことまで色々知識は広い方がいい。何事も貪欲に学ぶべし。

 話術としては落語は必修科目。右翼陣営の悪い処は一度書いたものや一度話したことは二度とやらない人が多い様だが、何度でも何度でも同じことを訴えて行くことは大事。演説を10分出来るなら、同じ話を最初からやり直せばいいことで、3回やれば30分やれるのだ。そうしているうちに要領を得るだろう。

 「これは前に読んだことがある」とか「前回、同じ話を聞きましたよ」って言われたら、「主義主張なんてのは変わらんよ」と言えばいいし、そう言ってくれる人はそれはよっぽどのファンだ(笑)

 だが、見栄なのか、恥ずかしいのか同じ話はやりたがらない。下手くそな話を立ち止まって聞き入ってる人など皆無で、3回目のその話に感激する人も出ないとも限らない。同じだっていいじゃないか右翼だもの(笑)

 その点、噺家は凄い。古典落語でもそうだが同じ話を何度しても笑える。流石にプロは違う。空気をカネにする技を知っている。

 噺家が聴衆を引き込むには「マクラ」が大事。マクラで聴衆を引き込んで笑いを取ってから本題に入るのだが、右翼の話しも、いきなり本題から入るから立ち止まらない。内容は乏しくても話術でカバー出来る。そういう意味でもツカミは大事であり、演説家は先ず、寄席に行ってその技を盗んで来なさい。

 右翼の先生方を見ていると出し惜しみ感は否めない。思想も理論も大したことはないのに、高が知れてる経験や知識を出し惜しみしてどうするのだ。別に右翼だけに限らず上に立つ者は、勿体を付けることなく全てを惜しげなく与えて行くことで、心在る者は意気に感じ、必ずやそれに応えてくれると信じて止まない。

cordial8317 at 05:19│Comments(0)

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