靖國神社春季例大祭に3閣僚が参拝「日本の行動は不快感与える」というが序に教えてやろう(笑)

2013年04月24日

国会議員の靖國参拝は憲法20条違反!?

 日本国憲法第20条は次の様に記されている。

 1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 国民の信教の自由は認められているが、これを見れば宗教法人への非課税は「国からの特権」の行使であり、公明党は明らかな憲法違反の存在だろう。

 また何人も宗教行事に参加することは自主的なものでなければならず、政治家が自主的に宗教行事に参加するのは否定されないが、総理大臣や国務大臣、政務官など国や国に係わる者が宗教活動に参加することは認められてはいない。

 昨日、「みんなで靖國神社へ参拝する会」のメンバーが靖國神社へ集団参拝した。平成以降最多の168人と最多となり、ネット右翼や一部の保守派は大喜びだが、自民党議員が294人いるなかで半分にも満たない132人。

 まぁこんなことでは靖國神社の国家護持や陛下の御親拝など夢のまた夢だろう。尾辻会長は、参拝後の記者会見で「国会議員が国の為に殉じた英霊に参拝することは何処の国でも行っており、極自然な行為だ」と語った。

 高市早苗政調会長も、「日本の国策に殉じて尊い命をささげた方を、どのように慰霊するかは日本国内の問題だ。外交問題になる方が可笑しい」と述べたが、両人とも御尤もな発言だ。

 菅官房長官も、「(靖國神社参拝は)心の問題だ」と中韓からの抗議にそう発言したが、靖國神社が政治的な問題になってしまったのは売国マスコミの影響も然ることながら、元凶は中曽根康弘の終戦記念日の参拝からだ。

 靖國問題にしろ、或いは慰安婦問題にしろ、事の発端は日本側であり、国家として「謝罪」も「約束」も「譲歩」もしている訳だから、中韓側に対し「内政干渉」だとか「心の問題」とかで済まされない現実が厳然と存在しているのだ。

「日本国内の問題」と言うなら、本気で靖國神社の在り方を論ずるべきだ。戦後、日本外交は「謝罪」と「賠償」さえしていれば問題ないと思っていたのは事実。

 屈辱的な土下座外交での譲歩が更なる譲歩を生み、結果、日本国民の誇りや自尊心を傷付けて来たのだ。靖國神社の問題にしろ、歴史認識にしろ、歴代内閣の不作為こそ元凶であり、それを改めることなく屋上屋を架すことになってはいけない。

 抑々総理大臣や国務大臣が靖國神社への参拝することは、先に申し述べた様に第20条違反に問われるものだ。だが、国家の為に尊い命を投げ出された英霊に対し、国民の代表である政治家が感謝の誠を捧げるのは当たり前のことであり、議論の余地などないし、内政干渉に屈する必要もない。

 靖國神社というのは戦後、GHQの統治下で行われた所謂「神道指令」によって、解体、或いは焼き打ちされそうになった訳だが、先人の智慧で、GHQの目を逸らす為に一時的に別な御祭神を祀り、「一宗教法人」となった。

 本来なら昭和27年4月28日、主権が恢復した日に靖國神社や全国の護国神社は「宗教法人」ではなく、国家で管理するべきだったのだが、政治の怠慢、それも無能な自民党の所為でそれをも成されずに現在に至っている。

 今更ながら、集団で参拝し、示威行為をしたところで、戦後の靖國神社の成り立ちを考えなければ、謂れなき中韓からの抗議は止むことはないだろう。

 また、相変わらず、所謂「A級戦犯分祀論」なる問題が度々聞かれるが、これも靖國神社側への政治介入と威圧行為であり、憲法20条違反に問われるものだ。

「A級戦犯分祀論」を唱える政治家は後を絶たないが、最近ではこの20条の条文に抵触しない様に、畏れ多くも天皇陛下の「御親拝」という尤もらしい理由を述べ、「靖國神社側が自ら静謐な環境をつくることが望ましい」などと言って国民を誑かしているが、こうした政治介入や威圧行為に靖國神社側が応じることはない。

 靖國問題を考える上でも「憲法」は避けて通れない重要な問題なのだ。

cordial8317 at 07:11│Comments(0)

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