大江健三郎著「沖縄ノート」を証拠とした「集団自決軍命令」国家観による政界再編が最後の正しい姿である

2013年04月06日

「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも今や昔の話

「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも昔の話。その一流だった経済も崩壊。商業道徳そっちのけで営利至上主義に狂奔したツケが出た。

 国防や教育という国家の大本を忘却し、その大本を米国に委ねたまま未だに目先の経済ばかりを優先しているが、日本の繁栄が永遠に続くと思っているのだろうか。

 将来を担う子供達に日本に生まれた喜びや誇りも教えず、「子育て支援」やら「授業料の無償化」など、政治家が教育を疎かにして金の分配だけに狂奔するのは本末転倒。 政治が三流なのは今も変りはない。それどころか益々悪くなる一方だ。

 過去には、政治が如何に混迷しても、超一流の官僚機構が「日本丸」の舵取りを巧くやってくれるという「神話」があったのも事実だが、今やその官僚が国を滅ぼす一大勢力になってしまった。果たして日本丸は何処へ向かってしまうのだろう。

 嘗ての日本人は「恥を知る」国民だった。日本は教育立国として、明冶の試練と昭和の国難を乗り越えたのだ。東日本大震災で疲弊する福島だが、明治維新の国難や大戦での悲劇に比べればこれを乗り越えずして何としよう。

 嘗て日本は極貧の中から多くの偉人が輩出したのは立派な教育の故であり、金持ちから偉人や英雄は生まれてはいないのだ。

「子育て支援」や「無償化政策」のバラマキに便乗し、国民は「もっと寄越せの」の大合唱。原発事故での自称被災者らの止まることのない欲望は実に見苦しい。

 今や国民の勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れ、在るのは自己中心性の欲望だけ。

 自称有識者やマスコミが取り上げる胡散臭げな問題に一喜一憂し、問題が出れば、その萌芽は日本に在ると貶し貶め、それをマスコミ御用達のインチキ言論人が大騒ぎし煽り続ける。政治家は平身低頭し謝罪を続け、頭の中は保身と次の選挙だけ。

 頽廃したマスコミは国益を毀損し、国民の愛国心を蝕み、「マスゴミ」と揶揄される始末。迷えるものはつまらぬ宗教に奔り、私利私欲の欲望に塗れている。

 こんな日本にしたのは果たして政治家なのか、官僚なのか、マスコミか、それとも国民なのだろうか、一体誰なんだろう・・・

※ノンフィクションブログ「汚れた顔の紳士達」〈郡山市長選シリーズ第二弾〉。郡山市民限定ですが、暇な人は御一読ください♪http://blog.livedoor.jp/cordial8317-kyudan110/archives/26425270.html

cordial8317 at 07:59│Comments(0)

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